第8話 誤解
俺は毎日螢の顔が見れて嬉しかった。
放課後、演劇部に寄って螢に一言かけてから稽古に行く。
ただそれだけの事が、ずっと逢えなかった俺には最高だった。
花屋でのバイトも順調だ。
接客は苦手だが、螢と一緒に時間を過ごせるから頑張れた。
「ねえ、瀬戸くんて螢ちゃんが好きなの?」
一緒にバイトしてる
「一緒に育ったんだから好きに決まってるだろ」
俺は鉢植えの花に水をやりながら答えた。
「そうじゃなくて、女の子として」
彼女はもう一度俺に聞き返した。
女の子として?
確かに螢は俺にとって特別だ…
「螢が好き…」
何だかあらためて口にするとメチャクチャ恥ずかしかった。
「もう…見ててそうかな…とは思ったんだけどさぁ…はっきり言われるとやっぱショックだわ〜」
「そりゃ悪かったな」
螢への気持ちが少しづつ変わってきたことは判っていた。
姉さんでもない…
友達でもない…
特別な女の子…
「ああ~」
俺は両手で顔を押さえた。
顔が熱い…
「あ~あ、瀬戸くんのそんなとこ見たらイメージ総崩れだよ…」
彼女は残念そうに溜息を吐いた。
「うるさい!そんなの勝手に持ってたイメージだろ!」
俺は熱を帯びた顔を静めるのに、パンッパンッと頬を叩いたりして悪戦苦闘中だった。
「螢ちゃんには伝えたの?」
水之江はいたずらっ子のような表情で俺の顔を覗き込んできた。
「えっ?…いや…まさか…なんで…」
戸惑う俺に、逆に不思議な顔を向ける。
「いやいや…なんでって…こっちが聞きたいわ…そんなに好きなら言うべきでしょ」
俺が?
螢に?
告白?
「で…出来ない…」
「はあぁ? 何それあり得ないし…」
「ほ…螢は…俺を男として見てない…」
俺は、判っていたが、認めたくない事実を口にした…
その悔しさに唇を噛んだ…
「はあ~ もうしょうがないなぁ…
同じバイト仲間として応援するからさ、
先ずは男として見てもらえるようにアプローチしてみようよ!」
「なんだよそれ… 」
そろそろバイトの時間も終わるから、数くんと彩希ちゃんを呼びに鉢植えのコーナーに行った。
「いーから、いーから、わたしにまかせなさいって!」
そう言って数くんの頭に彩希ちゃんが触れてるところを見てしまう。
「余計な事するなよ!」
数くんが顔を赤く染めて女の子と話しをしてる…
「えっ…うそ…」
女の子に近づかれるのをいつも嫌がってるのに…なんで…?
わたしは胃の辺りが重くなって苦しくなった…
「あれ…螢ちゃんも終わり?」
彩希ちゃんがわたしに気付いて声をかけてくれる。
「う…うん…」
胸が苦しくて、やっと返事をした。
「わたしたちも終わりだよ!」
わたしたち…
何でもない一言なのに、息が出来ないくらい苦しくなってくる…
どうしてなのか判らないけど切なかった…
「そうだ、折角だからさ、3人でお茶でも飲んでから帰ろう?」
彩希ちゃんが笑って誘ってくれる…
「3人て…俺もかよ…」
「あたりまえじゃん!行くよ!」
数くんの傍で…
腕を引っ張って誘ってるのに嫌がってない…
数くん…普通に話してる…
3人でお茶を飲みに行ったけど…
数くんが気になって味が判らなかった…
だって…数くん…ずっと彩希ちゃんと話してるから…
他の女の子とこんなふうに話す数くん初めて見る…
彩希ちゃんの言葉に時々照れ臭そうに含羞む姿…わたしの知らなかった数くんだ…
そうか…
数くん…彩希ちゃんが好きなのかも…
彩希ちゃんは入学してからバイトに来るようになった数くんと同じ一年。
明るくて、活発で気取らない子。
彩希ちゃんがいるから…だから急にバイトするなんて言い出したんだ…
数くんを…応援してあげなきゃ…
「瀬戸くんは螢ちゃん送ってあげてよ
男なんだから…
じゃ、また明日ね」
「おう…」
笑って手を振る彩希ちゃんに数くんも答えてる…
なんか…数くんのあんな顔…
見たくない自分がいる…
「どうした?どっか具合でも悪いのか?」
急に数くんがわたしに訊く。
「そんな事ないよ…それより数くんこそ彩希ちゃん送ってあげればよかったのに」
螢は否定した上変な事を言い出す。
話しをしながらでも時々俯いたり…
どこか上の空だったり…
今日の螢は少し可怪しかった…
「あっ…辻宮〜」
不意に螢を呼ぶ声が聞こえたと思ったら、後ろから自転車に乗った男が螢の前で止まった。
「松原くん?どうしたの?」
「次の劇に使う台本が粗方出来たから渡そうと思って…バイト先行ったけど帰った後だったから…でも逢えて良かった」
男は鞄から原稿用紙の束が挟まってるファイルを取り出した。
その時、そいつが俺の方を見る。
「数くん、部活で同じ三年の松原くんだよ」
螢が紹介するので俺は頭を下げた。
「松原くんわざわざありがとう」
螢はファイルを受け取る。
「明日一緒に二人でもう少し煮詰めよう」
男が螢の手を取って言い出した。
螢も頬を染めて頷いてる。
俺は頭に血が登って、掴みかけそうになる気持ちを必死で抑えた。
握る拳が震えているのが判る…
螢…そんな顔で他の男を見るなよ…
俺は我慢出来なくて、螢の家まで来ると先程の出来事を不満げに持ち出した。
「何、さっきは男に手握られたくらいで嬉しそうにしてるんだよ!」
抑えていた気持ちをそのまま螢にぶつけてしまう。
「う…嬉しそうになんて…
数くんこそ彩希ちゃんと楽しそうに話してたじゃない!」
螢も負けじと俺に言い返してきた。
「嬉しそうになんてしてねーよ!
大体螢はボンクラなんだから気軽に手なんか握らせんなよ!変なことされたらどーするんだ!」
俺も向きになって言い返した。
「松原くんそんな人じゃないよ!」
「男なんて何考えてるか判んねーよ!」
螢があの男を庇うから俺も言ってやった。
「なによ!わたしが誰と付き合ったって数くんには関係ないでしょ!
数くんなんて、他の女の子と仲良くしてればいーじゃん!バカァ!」
螢はそのまま家に入ってしまった。
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