第5話 片想い

 折角同じ学校に入ったのに…遠くで見ているだけなんて嫌だ!


「数くん…? どうしたの?」

キスが出来そうなくらい近いところに螢の顔がある。


「保健室までありがとう…もう大丈夫だから行って…」

気を遣ってくれる螢の言葉が、何故か妙に腹が立った。


「お前、この状況でよくそんな冷静な事言ってんな」

ベッドに寝かされた状態で男の俺が覆い被さってるのに…

少しも慌てないってどう云う事だよ!?


螢が不思議そうに俺を見つめている。


俺は…螢にとっては小さい時のまま…

弟のままで…

男じゃないのかよ…!


俺はどこにこの想いをぶつけていいのか判らず、どうにもならない遣り切れなさだけが胸を占める。



「螢! 大丈夫か?!」

いきなり保健室のドアが開いた。


くそっ!

この大事な時に!


「お前!何やってんだよ!」

キラが走り寄って来て俺の肩を掴んだ。

俺はその手を思いきり叩いてやった。


「静かにしろよ!

何勘違いしてんだ!

横にしてるだけだろ!」

俺はもう、ヤケクソだった。


「そうだよキラくん。数くんなんだから大丈夫だよ…」

当たり前に言う螢に、俺は泣きたい気分だった…


「でも、何か用事の途中だったんでしょ?

わたしならもうキラくんも来てくれたし心配ないよ」

螢は自分のケガより俺のことを心配してくれる…

キラの方はさっさと出て行けと言わんばかりの顔で睨みつけてる。


「それじゃあ俺行くから…

キラ、螢の足ちゃんと見てやれよ」

俺は、今日のところは引き下がるしか無いと思い、キラに任せて出ようとした。


「お前に言われなくても大丈夫だ!

螢には俺がついてる。お前から気にかけて貰う必要などない」

俺は煮えたぎるような思いをやっと堪えて保健室を出た。


くそっ!

あの男め! 何様だと思ってんだ!



だけど…螢の躰…華奢で可愛いかったな…

子供の時はよく添い寝をしてくれた。

それが、今じゃ俺の腕の中で余るくらい小さくて…

俺は自分の手の平に目を落とすと、先程までこの手で抱えていた彼女の感触を思い出していた。



その日、俺は螢を抱き上げて、あんな間近で彼女の顔を見て…

きっと逆上のぼせてたんだと思う…

約束の部活に行き、見学だけのつもりが入部することにしてしまった…


俺が入った部活は

古武術同好会…

そう…人数が足らなくてまだ部活にもなっていないお粗末な集まりだ…




「いやぁ嬉しいな…本当に入ってもらえるなんて思ってなかった…」


俺の横でペラペラと捲し立てているのはこの同好会のリーダー小諸篤紀こもろあつのりだ。

全く、男のくせによく喋るヤツだ…


現在、この同好会のメンバーは俺を入れて5名…

二年生が3人の新入部員2人。

俺は貰った稽古着でもう一人の一年と一緒に基礎体力のメニューをこなしている。


「瀬戸くんて、いい躰してるよね、何かスポーツとかしてたの?」

同じ一年の名雲敦士なぐもあつしが訊いて来た。


「いや…俺運動は嫌いなんで…

ただ…ウチの父親が筋トレが日課で、小さい頃から一緒にやってたかな…」


「凄いお父さんだね…」

名雲は随分感心した様子で俺の話しを訊いている。


「別に凄くないよ…

[不測の事態に家族を護れないで何が男だ]

って云うのが父の考えだけど、要は躰の弱い母さんの為に鍛えてる様なものだから…」

俺は半分呆れ顔で言ったが、訊いてた名雲はメチャクチャ感動していた。


簡単なメニューだったが、終る頃には名雲は息切れしている。

俺は淡々と次のメニューに取り掛かった。




「なんだか…会う前に思ってたイメージと随分違うから…ちょっと罪悪感が出てきたな」

メニューをこなしてる俺に先輩が突然言い始めた。

俺は何の話か判らず黙って訊いている。


「一年にとんでもないイケメンが入って来たって女子が騒いでたから…

ウチの同好会…中々人が集まらないだろ?

だから、そんな凄いイケメンが入ってくれたら女子のメンバーも増えるかなって軽い気持ちで誘ったんだ…」

先輩は可也り申し訳なさそうに話してくれた。


「凄い…安直…」

俺は客寄せパンダなのか?!


「でも…案外間違ってないと思うよ…」

そう言って窓を指すのでそっちを見ると、何人もの女子が部室を覗いてる…


「はあ…」

何だかあれを見たら一変で気が抜けた…


「なんだ…女子がお前の為に来てくれてるのに嬉しくないのか?」

先輩は意外そうな顔を俺に向けた。


「嬉しくなんかないですよ…寧ろ煩わしいだけです」

「あーそんな台詞、俺も言ってみたいよ…

モテる男は違うなぁ…」

先輩は半分揶揄うような感じで俺の肩を叩いた。


嬉しくなんかない…

たとえ100人の女の子から見られたって…

見て欲しいヤツが見てくれなきゃ…

何の意味もない…







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