第3話 初恋

 入学式以来…

俺の頭から螢の顔が離れない…


体育館の前で酷い事を言って困らせた顔…

キラに向かって嬉しそうに微笑む顔…


最近、自分でも判るくらいどんどん可怪しくなっていく…



俺の前でもあんな顔して欲しい!


あの笑顔も…螢も…

俺だけのものにしたい…



何考えてんだ俺は!

これじゃまるで変態だ!



くそっ!くそっ!くそっ!


寝ても覚めても螢のことばかりだ…

どうしたんだ一体…


いくら姉弟だからって、いつも一緒にいるキラが憎らしく思える。

姉弟も、便宜上のものでキラはまだ養子縁組をしていない…





わたしは劇に使う女の子の人形を丁寧に手入れしていた。


「人形劇なんて辻宮さんにピッタリね」

そう言ってわたしの手から人形を取り上げた人がいる…


演劇部の志摩村咲良しまむらさくら

わたしと同じ三年生で、誰もが彼女にしたいと思っている校内一の美人…

告白した男子が断られた噂をしょっちゅう耳にする。


「お願い…人形を返して…」

わたしの事が嫌いな彼女がなんで来たのか判らず懇願する…


「わたしね…辻宮さんにお願いがあるのよ」

彼女がわたしに笑顔を向けて言った。

嫌な予感がする…


「新しく入学して来た一年生に凄く素敵な人がいたの…あんな人、滅多に見つからないわ」

わたしは躰中に重りを付けられたみたいにその場から動けなくなった…

この先は聞くまでもない…


「辻宮さん…知り合いなんでしょ?

わたしに紹介して!」

…やっぱり…


いつもそうだ…

わたしのことをバカにしてる子でも、

数くんと知り合いだと判ると仲を取り持てと攻め寄ってくる。

そして…上手くいかなかったら矛先がわたしに向けられて…散々嫌がらせされる…


「ごめんなさい…数…瀬戸くんは…

わたしなんかが話しかけると迷惑そうだから期待には応えられないと思う…」

わたしは何とか断わる…


「そんな事判ってるわよ。

アンタみたいな赤毛のみっともない女が話しかけて喜ぶ男がいると思うの?

ちょっと口を利いてくれれば良いのよ。

わたしが一緒ならブサイクなアンタの話しも聞いてもらえるわよ」

どうしよう…どうしても数くんに紹介して欲しいらしい…


「お願い…人形を返して…」

どうして良いのか判らず人形だけは返して欲しくてお願いする…


「返すから紹介するって約束しなさいよ!」

彼女が人形の髪を持って振るので、慌てて手を伸ばしたら躓いて倒れた。

その時重ねた椅子にぶつかったので、積み上げてあった椅子が崩れてきた。



俺は入学式の日、帰り際声をかけられた。

ソイツがどうしてもと言うので、部活だけ見学することにした。


色んな部室が並んでる廊下を歩いていると、何かが落ちた音が聞こえる。演劇部の前で人が集っているのでそこで何かあったらしい。


たしか人形劇もここに所属してるはず…


ざわついている教室を何気に目をやると、散らばってる椅子の横に螢が倒れている。

真っ赤な赤毛を見間違える訳が無い。


俺は頭の中が一変で真っ白になった!


「螢!」

俺は脇目も振らず彼女に駆け寄った。


「か…数…くん?」

俺は近くにいた女を見る。


「わ…わたしたち、ちょっと話をしてて…

そしたら辻宮さんが躓いて椅子にぶつかったのよ」

事の真意はどうでもよかった。

ただ、螢が大事にしている人形の髪を鷲掴みする女は信用出来ないと思っただけだった。


「螢…立てるか?」

俺はなるべく優しく訊いた。


「ごめんなさい…ちょっと失敗して…

大丈夫です」

螢が俺の顔も見ずに頭を下げて立とうとするが、足を痛めたのか立つのが辛そうだった…


螢が俺に気を遣っているのが痛いほど判る…


「螢、少し辛抱しろよ」

そう声をかけ、螢の躰に手を回すとゆっくり抱き上げた。


その様子を見た女子が黄色い声をあげる。


「あ…あの…」

困ってる螢が俺の腕の中にいる。


「保健室に行くからしっかり掴まっていろ。離れると抱え辛い…」

螢は困った表情で躊躇している。


「俺の言う事をきけ!」

その一言に、戸惑いながらも俺の首に手を回して躰を預けてくれる…


見ていた女子から奇声があちこちから聞こえ始めた。


俺は気にせず螢を抱きしめて保健室へ向かった。

いや…気にしてる余裕がないだけだった…


こんな風に螢の躰に触れるのは初めてで、

周りの声を気にするどころじゃない!

俺の心臓がまるで大晦日の鐘のようにガンガンと頭の中まで響いている。 


螢は紅潮させた顔を俺の胸に埋めている…


保健室でベッドに寝かせる時、彼女の顔が俺の直ぐ目の前にあった…


鐘の音はどんどん早くなる…








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