番外篇

第1話 赤毛の彼女

 入学式の朝、いつもより早く目が覚めた。


「なんだ兄貴、随分早いじゃん…」

弟の翔真しょうまが朝飯を食べながら俺に言った。


「数真くんも食べるでしょう?」

母さんの声だ!


「何やってんだよ! 危ないだろ!」

俺は慌ててキッチンに行くと、味噌汁をよそろうとしている母さんを車椅子に座らせ、自分でついだ。


母さんは弟を生む時躰をこわした…

長く立っていたり、歩いたり出来ない。



「もう、心配性だなぁ…お父さんそっくり」

「どっちの?」

俺は皮肉混じりに聞き返す。

「どっちにもだよ」

母さんは笑って答える。


ウチの家族は複雑だ…

俺と弟、加えて言えば、妹の3人はみんな父親が違う。

俺と弟は父さんと血が繋がっていない。

そんな俺たちを実の子として大切に育ててくれる父さんを、俺は尊敬している。


部屋のドアが開いて父さんが入ってくる。

父さんの仕事は画家。


「数真、俺にもよそってくれ」

「OK」


「真古都、畑で綺麗な蒲公英を見つけた」

そう言って摘んできた蒲公英を真っ直ぐ母さんのところに行き渡している。

「翔くんありがとう!」


摘んできた蒲公英をプレゼントなんて…

今時小学生でもしないような事を、平気で当たり前のようにするこのベタベタの2人が俺の両親だ。

父さんは母さんを物凄く大事にしている。


俺の実の父親が亡くなった時、母さんは病気を発症したそうだ…

生まれつき心臓が他人ひとより丈夫ではないから躰も弱い…


そんな母さんを、父さんは何でも無い顔でずっと支えている。

だから母さんも父さんに絶大な信頼を寄せている。


こんな…いつまでもベタベタに想い合っていて、たとえ両手がハサミのエドワードだって切り離せないだろうこの両親が…

俺の将来の理想だったりする…



「今日は高校の入学式だろ?大丈夫か数真」

父さんが心配して訊いてくれる。

「小学生じゃないんだし、大丈夫だよ」

俺は素っ気なく答えた。


「螢ちゃんにも頼んであるから大丈夫だよ」

母さんが余計な事を言う。

「そうか…高校は螢と同じ所を受けたんだよな…だったら大丈夫か…」

俺は少しカチンときた。


「螢、螢って!何かあればすぐ螢に頼むの止めてくれよ!俺だってもう高校生なんだし、いつまでも俺の世話をさせられたら螢が可哀想だろ!」

俺は向きになって吠え立てた。


「ごめんなさい…いつも快く引き受けてくれるから…」

母さんが申し訳なさそうな顔をする。

「それは螢が優しいからだろ!

今のままじゃ螢だって彼氏も作れないし!

俺だって好きな女の子に告白も出来ない!」


「お前にそんな相手がいるとは気が付かなくてすまない…小さい頃から仲が良いから悪い事をしたな…」

父さんまで謝ってくれる。


俺はつい勢いでとんでもない事を言ったのに気づいて顔が熱くなった。


「物の例えだよ!

だけど俺はいつまでも螢のじゃないから!!」

俺は部屋を飛び出し、そのまま学校へ向かった。


くそっ!

つい螢の名前が出たから…バカみたいな事を言っちまった…


「瀬戸くん、おはよう」

「瀬戸くん、おはよう」


同じ学校の女子から声をかけられる。

こんなのが学校に着くまで何度となく繰り返される…

本当にウンザリだ!


学校に着くと、入学式の受付を3年の女子がしている。

俺は自分の名前を告げ、しおりと名簿を受け取った。

女の子が俺の胸に花をつけようとしたので、

彼女の手から花だけもぎ取って歩き出した。


体育館に近づくと、入り口から少し離れた所に不安そうな顔をした女の子がいる。

夕焼け空の様な緋色の長い赤毛を、二つに三つ編みしている。

螢だ…


「あ…数くん…」

俺を見つけると、安心したように近づいてくる。


「良かった…大丈夫? 何か判らない事ある?」

遠慮がちに俺を見上げ訊いてくれる。


「入学式ぐらい大丈夫だ」

俺は鰾膠なく答える。

「入学式のお花は?付けてもらわなかったの?」

俺の胸に花が付いて無いのに気がついて心配している。

「だったらお前が付けろよ」

俺はさっき受付の女子からもぎ取った桜の造花を螢に突き出した。


「受付でなら可愛い女の子に付けてもらえたのに…」

螢はそっと花を受け取ると、自分では申し訳ないとでも云うような面持ちで付けてくれる。

「知らない女に触られるなんて反吐が出るだろ…」


安全ピンで留まってる花を制服の胸ポケットに刺した時、螢は自分の指も一緒に刺した。

「痛っ!」


「どうした?! 見せてみろ!」

俺は慌てて螢の腕を掴んだ。

「ごめんなさい!ごめんなさい!

大丈夫だから…」

謝ってる螢の指から赤いしずくが見える。


「ったく!こんな花も付けられないのかよ…

相変わらず鈍臭いなお前は…」

傷ついた指を口で咥えた後、自分のリュックから絆創膏を取り出すと傷口に貼った。


「後でちゃんと消毒しろよ」

「うん…」

螢は指をおさえながら俯いている。


「母さんが無理を言ったから、わざわざ待っていてくれたんだろ? 悪かったな…

お前も忙しいんだから断っていいぞ」

俺は螢に言った。


「ご…ごめんなさい

数くんの事も考えずに引き受けてしまって…数くんだって迷惑だよね…

もう引き受けないから…

絆創膏ありがとう…」


螢は自分の持ち場に走って行った。


くそっ!

何言ってんだ俺は!


迷惑な訳…あるかよ…







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