第225話 108本に愛を込めて

 「真古都…大好きな真古都…」

病棟の通路でも…

宿舎のある施設に入ってからも…すれ違う人が俺を見る…


この出で立ちだ…何事かと思うんだろう…



真古都の宿舎の前に立つ俺は、前回病室の前に立っていた俺とは違う…



瀬戸翔吾…

今日決めなければ俺は男じゃないぞ!


俺は自分自身に活を入れる!


ドアの呼び鈴を鳴らす…

暫く待っているとドアがゆっくり開いた。



「しょ…翔くん!?」

俺を見た真古都が、ビックリして俺の名前を呼んだ…


「一体…何?」

戸惑う真古都をよそに部屋へ入ると、両手に抱えていたいくつもの花束をテーブルに置いた。

空いている真ん中の部分に、彼女を抱えあげて座らせる。


「あ…あの…」

テーブルに無理矢理座らされ、どうして良いのか判らず困惑した表情を見せる。

相変わらず…困った顔が可愛い…


「チューリップの中に座ってると、まるで親指姫だな…」

俺は彼女の顔に自分の顔を近づけて言った。


1軒の店では足らずに、何軒も回って俺は108本のチューリップを買った。

108本の花言葉は、俺が今一番彼女に伝えたい一言だった…


俺の言葉に彼女は頬を赤らめそっぽを向いた…


「そんな…可愛くないわよ…」


親指姫は、自分の器量の良さで周りから大事にされ、最後は自らの身を挺して尽くした燕を捨て、花の王子を射止めて幸せになる女の寓話だ。


俺としてはチューリップの中で座ってる真古都がただ可愛かっただけなんだが…


目を逸らして答える真古都が無性に愛しい…


「可愛いよ…俺には誰よりも…」

真古都の頬に手をのばす…

彼女の温もりが手の平から伝わってくる…


「美術部の説明会で初めて会った時…

眼鏡の端から俺を見上げたお前が可愛かった…」


「入院した時、初めて俺の前で泣いたお前も可愛かった…」


「いつも行く喫茶店で、幸せそうに紅茶を飲んで、ホットケーキを食べるお前が可愛かった…」


俺が彼女との思い出を話す度、どんどん真古都の顔は紅く染まっていく…


「そんなに言われても…はっきり思い出せない…」


真古都は相変わらずそっぽを向いていて、俺の方を見ない。


「構わない…俺がみんな覚えているから…初めて会った頃も…花屋で再会してからも…今目の前にいるお前も…

全部俺が覚えている…」


真古都の左手を取ると、俺は以前返された指輪を取り出した。

それを見た彼女が手を引っこめようとするが、俺は離されないように握った手に力を込めると、彼女の薬指にそっとはめた…


「さっき、俺の名前を呼んでくれたな…」

俺は彼女の手をしっかりと握りしめた。


「この前…親父の話が出た時…もしかしたらと思った…全てを思い出さなくても構わない…俺の名前を思い出してくれただけで十分だ…」


俺は、彼女の手を両手で握り、しっかりと見つめた。


「真古都…俺と結婚してくれ…

俺が嫁に欲しいのはずっとお前だけだ…

誰よりも…愛している」


真古都の目からしずくが落ちる…

幾つも…幾つも落として…

首を横に振る…


「悪い…言い方を少し間違えたな…

俺は…お前と結婚する…

だから答えはいらない…」


彼女が初めて俺の顔を見てくれる…


「霧嶋ができなかった分、

これからの時間は俺がお前を幸せにする…

霧嶋にかけて誓うよ…」


俺は彼女の躰を抱き締めた…


「もう絶対に離さない…

俺は言った筈だ…

お前が別れたいと言っても、

俺は絶対に別れないと…

こんな俺に捕まったことをどうか諦めてくれ…」


「翔くん…」


俺の胸の中で、閉じ込めている行為を拒否すること無く、真古都が俺の名前を呼んでくれる…


「俺が…間抜けなばかりに…お前には随分遠回りをさせてすまなかった…

迎えに来るのが遅くなったがもう二度と離さないから覚悟してくれ…」


抱え込んだ彼女の躰が震えている…

落ちたしずくが溢れ出し、

俺の腕の中から子供のように泣く真古都の声が耳に届いてくる…


「わたしも…翔くんの傍にいたいです…」

彼女が俺の背中に手を回してくれる。


その言葉に愛しさが止まらない…

何度も…何度も…

真古都の唇にキスを繰り返した…


もう二度と…

俺たちは離れない…

誰にも邪魔はさせない…


今、俺の腕の中にいる彼女を、

これから先ずっと護って行くんだ…


彼女が安心していられるように…

不安にならないように…

いつでも彼女が笑顔でいられるように…


それが…俺の幸せだからだ…



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