第223話 復讐

 わたしは泣いた…

泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて…


身体中の水分が全て涙で流れるくらい毎日泣き明かした…


エリックはその間ずっと傍にいてくれた…


〘大丈夫か? 温かいミルクは飲めそうか?〙

食欲は殆ど無くて、何とか水分だけ摂取出来てる状態が続く…

当然…体力も落ちて…一人では歩くこともできなくなった…


自分でも今のままじゃダメだと判ってる…

気持ちを切り替えないと…


気持ちを切り替えるって…何?

どうしたらいいの…


曖昧な記憶と一緒に私の気持ちも自分では制御出来ない…


自分のことなのに…

自分ではどうにもならない…


〘少し時が経てば、心も落ち着いてくる…そうしたら、自分のやりたいように進めばいい…焦ることはない…〙

泣いたり…そうかと思えば鬱になったり…精神状態の不安定なわたしの傍に彼は付き添って支えてくれたのが、本当に有り難かった…


〘ありがとう…エリック…〙


ひと月ほどして、わたしもやっと落ち着き、食事も出来るようになった…


〘今日は中庭まで散歩にいかないか?〙


久しぶりの外の空気だった…


中庭で、紅茶とキッシュが用意される。


〘ほうれん草のキッシュ美味しいね〙

柔らかいキッシュはやっと食欲がで始めたわたしには、柔らかくて食べやすかった。


〘お前にとっての再出発だ…

ゆっくりやっていこう…〙

エリックが優しい笑顔をわたしに向けてくれたので、少し心強かった…



午後からちょっとした用事もあって、町に出た…


帰り際、一軒の店の前で足を止めた。

『再出発の祝に…土産でも買ってやるか』


あとは病院へ帰るだけ…


バス停に向う俺に誰かが後ろからぶつかってきた…


背中に激痛が走る…

一体何がおきた…?


〘やっと見つけた…〙


男の声が後ろから聞こえる…


〘お前の所為でマリアンナは…

あんなに…純真で…美しかったのに…〙


な…なんだ?

俺が落とした女の彼氏か…?

俺と別れた後は知らない…


〘お前の所為で…彼女は…汚らしい男たちの中で死んだんだ!〙


足に力が入らない…

目が霞む…


足元に…赤い華が咲いていく…


マコト…

やっと…名前で呼べる女が出来たのに…

土産…渡してやりたかった…


どこか遠くで叫び声がする…




夕食の時間になってもエリックが帰ってこない…

どうしたんだろう…


廊下を慌ただしく歩く音がしたら、わたしの病室にナースが入って来た。


〘マコト…落ち着いて聞いてね。

警察の人が来てるんだけど…〙


ナースの話しによると、町に出たエリックは怪我をして警察病院に運ばれたそうだ…


わたしは一人では外出が出来ないので、病院の人と一緒に連れて行ってもらった。


重々しい雰囲気の中、説明を受ける…


エリックは男から背中を刺されて重症。

今夜がヤマだと云う医者の説明に、刑事が逢いたい人はいるかと訊いたところ、わたしの名前を出したらしい。


病院の先生が小さな包みをくれる。

エリックが買ったわたしへのお土産…


血塗れの箱にはオパールのデザインリングが入っていた。

メッセージカードには

“再出発の記念に”とエリックの文字…


オパールには

“夢”や“希望”の意味があるそうだ…



病室に入ると、青白い顔でエリックがベッドに横たわっている。


〘エリック…〙


わたしは彼の枕元に座った…

エリックが目を開けわたしを見る。


〘来て…くれたんだ…〙


ベッドの横の方がモゾモゾ動くと、ゆっくり手が出てきたので、わたしはその手を握った。


〘今までのツケが回ってきた…〙

〘あんまり喋っちゃダメだよ…〙


わたしは慌てて彼に言った…


〘お土産ありがとう!

ちゃんと貰ったから安心して!〙


わたしは手を握って彼に伝えた。


〘いいか…ちゃんと訊け…

お前は空に漂う白い雲だ…

何処へでも、好きな処へ飛んでいける…

風が吹いても気にするな…

お前には雨を降らせることも…

雪を降らせることも…

雷を落とす事も出来る…

誰に恥じる事もしなくて良い…

判ったな…〙


苦しみのなか、エリックはわたしに掠れた声で伝えてくれる…


〘判った! エリック判ったから!

もう喋らないで!〙


その日の夜は、ずっと彼の手を握って側を離れずにいた…


消え入りそうな息づかい…

時々ゆっくり目を開ける…

わたしが傍にいるのを確認するみたいに…


わたしは手を握り締めて

〘大丈夫! ここにいるよ!〙

そう声かけすると、安心してまた眠り始める。


〘エリック…お願い…頑張って!〙









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