第222話 かきね

 病院へ着くと受付に行き、来院カードをもらう。


〘セト…〙

いつものように屋上へ上がろうとする俺に慌てて受付のナースが追いかけてくる。



病室の前…

俺の心臓はバクバクと今にも爆発しそうな音を立てている…


何度も深い息を吸って…気持ちを落ち着ける…

軽くノックして病室に入る…



「真古都…」

ベッドには逢いたくて堪らなかった愛しい彼女の姿があった…


「瀬戸くん…来てくれてありがとう…」

彼女が俺の方を向いて言った…


「瀬戸くんにも…先輩にも…色々よくしてもらったのに…何も言わずに転院してごめんね…」

彼女が俺に向ける眼差しに、足早にベッドへと近づいた。

「真古都!俺の話しを訊いてくれ!」



「結婚の話しは誤解なんだ!俺は誰とも結婚なんてしない!俺が嫁に欲しいのはお前だけだ…」

俺は何とか真古都に間違いだと判って欲しかった…


「ごめん…もう…その話しはいいの…」

「良い訳無いだろ!」

俺は思わず彼女の腕を掴んでいた。

一度触れたら気持ちは止まらない…


「お前が…好きだ…」

彼女の躰を自分の腕の中へ閉じ込める…


最後に触れた時から、随分華奢になった躰の感触に、彼女の具合があまり良くない事が判る…


こんな状態にしたのは俺だ…

俺がいつも間抜けなばかりに

その所為でお前に負担ばかりかけてる…


「わたしも…瀬戸くんが大好きだよ…」


真古都の言葉に、涙が出そうになる…

彼女への苦しい程の想いが躰中を支配していく…


「でも…ごめんね…わたしにはもう瀬戸くんの言葉が本当か嘘か、確かめられないの…」

俺の胸に顔を埋めながら話す彼女が切ない…


「真古都…俺はお前に嘘を言ったことは無い…」

俺達の間に嘘や偽りなんてある訳がなかった…


「信じたい…信じたいよ…こんなにも大好きな瀬戸くんの言葉なんだから…だけど…ダメなの…わたしの心がたくさん壊れて…何が真実で…何が偽りなのか…わたしにはもう判らない…」


俺の所為で…

真古都ばかりがどんどんボロボロに傷ついていく…


「それでも…瀬戸くんの幸せだけはずっと変わらずに思ってる…

これからもその気持ちは変わらないよ…」

真古都は優しく俺に言ってくれる…


「真古都…お前がいなければ俺の幸せは無いのも同じだ…」

彼女を抱き締める腕に力がこもる…


「瀬戸くん…わたしの病気…

完治は難しいんだって…今ならまだ…

瀬戸くんを笑顔で送ってあげられるの…」


そんなこと…

そんなことしたくない…


「瀬戸くん…わたしは大丈夫…ここなら数真くんと一緒に生活しながらカウンセリングに行けるから…」


どうして…

どうしてこんなことになったんだ…


やっとお前に逢えて…

気持ちを伝えたのに…


「瀬戸くん…病気のわたしにいつも優しくしてくれてありがとう…

わたしはここで少しづつ病気を治すね…

瀬戸くんも…瀬戸くんの絵を描いて…」


嫌だ…

この手を離したくない…


「瀬戸くんの幸せがわたしの幸せだよ…

わたしは暫く…ここから出れないから…」

真古都が俺の躰をそっと押す…


「元気でね…

もう…行って…

いつか…お義父さんみたいに素敵な画廊に…絵が飾られるといいね…」

彼女は尚も俺の躰をそっと押す…


「真古都…」

俺は離れたく無かった…


「行って…瀬戸くん…行って!」


俺は追い立てられるように部屋を出た…


これしか方法はないのか?

一緒に幸せにはなれないのか?


俺は…これからどうしたらいい…


お前は当分ここから出られない…

この病院の高い塀が…

俺たちを分かつのか?


ロビーに来ると何やら騒がしかった。

いつもと違う様子に、何があったのか近くにいた婦人に尋ねた…


〘どうしたんです?〙

急に話しかけられてビックリしていたが、

若い男性から声をかけられ、気を良くした婦人が話してくれた。


〘ここの患者が自殺したんだよ…

通ってきていた恋人が、新しい女を作っていなくなったんだ…〙

その内容に心臓が反応する…


〘どんなに美味いこと言ったって、所詮普通の女がいいに決まってる…

ここじゃよくある事だけど…何かやりきれないね…〙


俺は自分のことを言われてるみたいで、いたたまれなかった…


〘散々弄んで…新しい女が出来て鬱陶しくなったら棄てられて…

こっちだって好きで病気になった訳じゃ無いのにさ…〙


ここから出られない身では、恨み言をぶつける事も出来ず、悲しみに耐えられなくなって自らの命を断っていくそうだ…



これでは…

俺もやってることは同じだ…












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