第221話 抱擁

 心臓の具合がまた悪くなり…

わたしはあれから熱を出して寝込んだ…


〘エリくん…真古しゃん大丈夫?〙

坊ずが不安そうな顔で俺を見る…


〘大丈夫だ…今はまだ熱が高いから逢えないけど、下がれば逢わせてもらえるから…〙

アイツが一時的に病室へ移った為、坊ずは病棟内の保育室に預けられていた。


俺は保育室を出て、そのままアイツの病室へ行くのにロビーの横を通ると、受付であの男がナースとやり合っている。


〘いい加減諦めたらどうなんだ?〙

俺は近づいて行ってあの男に声をかけた。


〘お前…一体どう云うつもりで真古都に付き纏ってるんだ!〙

いきなり睨まれた挙げ句この言いぐさだ…

俺もカチンときた…


〘何か誤解してないか?俺の勤め先に後から入院してきたのは彼女の方だからな…〙

この病院であったのは偶然なんだから仕方がない…

そうでなければ二度と会うことは無かったんだから…


〘アイツはここで静かに療養してる…

他の女と結婚が決まったお前にはここは関係のない所だ…

さっさと自分の場所へ帰れ…〙

俺はこの男が気に入らなくて言ってやった。


〘結婚の話は誤解だ!

俺は、真古都以外の女と結婚するつもりはない!〙

彼が顔を紅潮させて声をあげた。


〘口だけなら何とでも言えるんだよ、

色男さん…ここにいる彼女に、外の世界で暮らしてるお前がいくら話してもきっと信用しないだろうさ〙

俺の言葉に、悔しそうな顔をして黙ってしまった…


〘ここは外界から隔離された場所だ…

ここの患者が一人で外に出られることは絶対無い…お前みたいに外で理想の女と結婚しても…外界のことを知る術を持たない彼女には絶対判らないからな…〙

別に意地悪で言った訳では無かった…


その程度の事…ここでは履いて棄てるほどある話だ…


〘俺はそんな事しない!〙

即答してきた。

その態度に、“若いな…”とも思ったし、

”少しは本気なのかもな“とも思った…


でもそれだけだ…

1か月後…3か月後…半年後…

気持ちがそのままとは限らない…


俺が歩きだすとなお話しかけてくる…


〘真古都は…アイツの具合は大丈夫か?〙

一応心配な様子は窺える…


〘彼女…心臓が悪いんだな…まだ予断は許さないが回復傾向には向かっているらしいから安心しろ〙

俺はそれだけ言うと急いでアイツの病室に向かった…




目を開けると、枕元に人がいる…


〘だ…旦那様…?〙

薄っすらと目に映る人影に、愛しい旦那様を呼んでしまった…


〘愛しい旦那でなくて申し訳ないな…

気分はどうだ? 何か食べられそうか?〙

エリックだ…


〘エリック…どして…〙

頭がまだはっきりしない…


〘坊ずから様子を見てくるように頼まれてるからな…〙

わたしは身体を起こすと、彼が支えて手伝ってくれる…

ベッドにテーブルがセットされて、ポタージュスープとお粥が置かれた。


〘あ…お粥だ…〙

深皿に盛られた白いお粥が美味しそう…

ここではお粥なんて出ない…

多分エリックが日本人のわたし向けに作ってくれたんだろう…

その気持ちが嬉しかった…


〘エリック…ありがとう〙

わたしは素直にお礼を言った…


お粥は美味しかった。

ポタージュもミルクの味が優しい…


〘美味しかったぁ…〙

思いがけないお粥とその味に、嬉しかったから全部食べれた…


〘これだけ食欲があれば大丈夫だろう…

人間、食えてるうちは何があっても何とかなるもんだ…〙

そう言ってくれた言葉にも嬉しさがこみ上げた…


あんまり辛くて…逃げるように移って来たけど、瀬戸くんとちゃんと話しをしよう…


大好きなひとだから…

幸せになってもらいたい…


わたしの病気は長くかかるってお医者様が言ってた…

完治するかも判らないとも言ってた…



〘やっぱり“地上の星”は

“届かない明星”だったな…〙

わたしは窓の外を見ながらポツリと言った。


〘なんだいそりゃ…〙

エリックが不思議な顔でわたしを見た…


〘夢だよ…まだ…幸せしか知らなかった頃の…細やかな女の子の夢…〙


シーツに点々と落ちたしずくの跡が付いていく…止めどなく流れるしずくに嗚咽が漏れる…


エリックが背中を擦ってくれる…


わたしは彼の胸の中で思い切り泣いた…


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