第219話 静かなる日常

 ここに転院してきて良かった…

ここでは、白い壁の病室に閉じ込められていない。

敷地内ならどこへ行くのも自由だ…

宿舎も、普通のアパートと変わらない。


本を読んだり…

旦那様のUSBを見たり…

時が止まったように穏やかだ…

このままずっと静かに暮らしたい…



〘よう…頼まれた物、買ってきてやったぞ…これで少しは感謝してくれよ…〙

いつものように、外に出て本を読んでいたらエリックが声をかけてきた。


〘ありがとう…〙

わたしが彼に頼んだのは紅茶の茶葉。


お義母さんにも送ってくれるよう頼んだけど、まだ届かなかったから…

〘何か欲しいものがあったら買って来てやるぞ〙

その言葉につい頼んでしまった…


やっぱり好きな紅茶を飲みたい…

病院内でも売ってるけどティーパックしか置いてないのが残念だ…


〘お茶にするけど…飲んでく?〙

わたしは買って来てもらった便宜上ちょっと訊いてみた。 


〘これは嬉しいな…勿論ご馳走になるよ〙

そう言われれば招待するしかない…


お湯を沸かしてる間、スコーンとジャムを用意する。

ポットに茶葉を入れお湯を注いで少し蒸らしてからカップにうつして出した。


温かい紅茶が喉を通る時の幸せ…

このひと時がわたしは好きだ…


『なんだ…泣き顔だけじゃなくて、

幸せそうな顔も出来るじゃん…』


ふと見ると、隣で食べてる坊ずがジャムだらけになってる…


〘なんだ坊ず…随分ベタベタになったな〙

濡れたタオルで口の周りと手を丁寧に拭いてやる。


〘エリくんは翔吾くんみたいだねぇ… 

翔吾くんはね、遠くへ行っちゃったから

もお、逢えないんだって…〙

坊ずが俺に説明してくれる。


〘か…数真くん…そんな事は言わなくていいの!〙

彼女が慌てて話を止めに入る。


〘だってぇ…真古しゃん夜になると泣いてるもん…ボクはお父しゃんの代わりだもん…翔吾くん帰ってくるかなぁ…〙

小さい坊ずにはちょっとまだ判らないか…


〘よし坊ず、俺がその翔吾くんのかわりになってやるから、坊ずは今まで通りお父さんの代わりしっかりやれよ〙

俺は坊ずの頭を撫でて言ってやる。


〘ちょっと変な事言わないでよ!

誰があんたなんか…〙

〘はいストップ!〙

むきになる彼女を制して言葉を止めた。


〘子どもの前だぞ…言いたいことはあるかもしれないが安心させてやるために話ぐらい合わせてもバチは当たらないだろ?〙

俺は彼女を見つめて言った。


〘あ…ごめん…

数真くん、ごめんね…お母さんもう大丈夫だよ…エリックがお母さんの傍にいてくれるって…〙

坊ずに向かって優しく話しかけてる。


〘ほんと?もう真古しゃん泣かない?

元気になる?〙

坊ずは彼女の頬に手を当てながら覗き込むようにして訊いている。

坊ずなりに、泣いてばかりいる彼女を今までずっと心配していたんだろう。


〘よかったぁ…真古しゃんが元気になると嬉しいね…〙

彼女に抱きつき頬にキスをしている…


〘ホント…数真くんはお父さんそっくり〙

そう言われて坊ずは満面の笑みをもらす。




〘今日は…数真くんのためにありがとう〙

お茶が終わって帰る俺に彼女が話しかけてくる。


〘数真くんがまさかあんなに心配してるなんて思わなかった…〙

〘案外、子どもは親のことをよく見てるものだ…じゃあな…〙

俺は思わず坊ずにするみたいに、彼女の頭を撫でてしまった…


〘あ…悪い…〙

気がついてすぐに手を離すが、彼女は俯いたままだ。


〘だ…大丈夫…じゃあね〙

〘ああ…〙




マコト・キリシマ

女の名前を覚えたのはいつぶりか…


女の名前なんて覚えなくてよかったし、

覚える気も無かった…


どうせ1~2回抱いたら二度と逢うことはなかったから…


男と別れさせる女を落として、浮気の事実を作ったり、自分から別れたくなるように仕向けるのが俺の仕事…

女はただの金の成る木だったのに…



あの二人といると、結構楽しい自分がいることに気づき始めた…







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