第217話 新しい地で

 わたしが転院した所は、ボルドーから少し離れた静かな森の中にある病院。


ここで、わたしは数真くんと一緒に生活しながらカウンセリングを受けている。


「真古しゃん、あげる」

数真くんが花を摘んでくれた…


「ありがとう」

数真くんはニコニコ笑って傍に来ると、わたしの頬に軽くキスをする…


「真古しゃん大好き、ずっとしょばにいるよ」

数真くんは、キスと一緒に旦那様と同じことをわたしに言ってくれる…


忘れていた記憶が蘇る中、旦那様との結婚生活が段々と薄れていく…

数真くんのことも段々分からなくなってきてる…


こんなの嫌だ…

昔の記憶なんていらない…

旦那様を忘れたくない…


怖い…

わたしから旦那様の記憶を取らないで…


「真古しゃん…大丈夫…大丈夫…」

数真くんが頬を撫でてくれる…


数真くんはどんどん旦那様に似てくるな…



〘今日もこんな所でメソメソか?〙

わたしに男の人が話しかけてくる…


〘わたしがどこにいたっていいでしょ? あんまり話しかけないで…〙

わたしは持っていた本を開き始めた…


〘つれないこと言うなよ…

俺とお前の仲だろ? 

側に来てわたしの顔を覗き込む…


笑顔を向けてくるこの男は…

エリク・ブラン…

わたしを襲った


この施設に来てすぐ、料理の材料を運んでいる彼と会った…

その時は心臓が苦しくなって、息が出来なくなって、わたしは倒れた…


彼は仕事関係の事情で身を隠さないといけないらしく、今はこの病院で働いている。


わたしにはよく判らない…


彼の左目には斜めに酷い傷跡が出来てる…

あの日…わたしが花台から落ちたネックレスで彼の顔を殴った時出来た傷…


あの時は夢中だったけど、こうやって見ると酷い傷跡だ…


〘まあ、偶然でも再会した訳だし…

仲良くしような、真古都ちゃん〙

相変わらず馴れ馴れしい…


〘女の子と仲良くしたいなら他の子にして…わたしは…無理だから…〙

わたしは彼に言った。


〘もう何もしないって…信じろよ…〙

彼が何気なくわたしの手に触れようとしたのをすかさず引っ込めた。


〘あ…あの…信じるとか…そんなんじゃないの…わたし…男の人がダメなの…

旦那様とか…友達とか…

仲の良い人は大丈夫だったりするんだけど…他の人は…気持ち悪くて…〙

わたしはもう側に来てほしくなくて自分のことを話した。


彼は暫くわたしをじっと見てる…


「そうなんだ…じゃあ仲良くなれば良いんだな」

勝ち誇ったような顔をわたしに向けると、笑顔でそう言った。


〘こんな辛気臭い所で、死んだ旦那の動画見て…それだけで一生終るのか?

何か他にやりたいことはないのか?

そう云えば、あの血の気の多い彼氏はどうしたんだ?お前がこんな所に入院してるのに見舞いにも来ないのか?〙


わたしは何も言えなかった。

それでも良かったから…

ただ…瀬戸くんのことだけが

胸を抉れれるように辛かった…


〘素敵なお嬢さんとの縁談が決まったの…だからここへは来ない…

あの人のことは口にしないで…

わたしは…静かに暮らしたいの…

ただでさえ…思い出したり…忘れたり…

そんな曖昧な記憶の中で生きてるんだから…もう煩わしい事はたくさん…〙

わたしは立ち上がって荷物を纏め始めた…


パソコンを閉じたところへ彼が紙袋を置いた。


〘これでも食べて元気出せよ…〙

恐る恐る開けると、中には無花果が入っている。

〘あ…ありがとう〙


〘まあ…先は長いんだ、

ゆっくり行けばいいさ…じゃあな〙


へんな人だ…大体…

身を隠さなきゃいけないなんて…

どんな仕事なんだろう…




真古都がいる病院まで車で6時間近くかかった…

もうすぐ夜が明ける…

朝一番に面会に行こう…


俺と先輩は病院の近くに車を停め、面会の時間まで休む事にした…


病院が開くと直ぐに受付へ向かった。


〘面会できない?!〙


〘当然です。いきなり来て面会なんて出来ませんよ…まずは予約を取っていただかないと…〙


あまり気が急いていたので、病院のシステムを確認しなかった…


〘予約をすれば面会出来るんですね〙

俺は受付のナースに、身を乗り出して訊いた。


〘お気の毒ですが、面会を希望されてるマコト・キリシマですが、転院して来たばかりで、状態も悪いですし…暫く面会は無理ですよ…特に男性の方は…〙

受付のナースは素っ気無く答えた…


〘いつなら面会させてもらえるんですか?〙

尚も食らいつく俺にあからさまにナースは嫌な顔をした。


〘ひと月は無理でしょうね…〙


〘ひと月…〙

ひと月も真古都に逢えないのか…


〘大体、面会が可能になっても、彼女の方が拒絶するかもしれないですからね…

でも…遠くからなら姿くらいは見れるかも…〙

俺があまりに落胆してるので、気の毒に思ったのか、そう言ってくれた。


〘構いません!姿だけでもどんな様子か知りたい!〙

俺は飛びつきそうな勢いで返事をした。


受付のナースは呆れた顔をしながらも、別の人に代わってもらいカウンターから出てきてくれた。


〘こちらへどうぞ…〙


彼女の後に付いてエレベーターに乗る。


〘病棟の屋上から施設内がある程度見れるんです。彼女は大概、東側の離れたテラスで過ごしてるので、その様子を確認することが出来るかもしれないです〙

説明してくれたナースと屋上にあがり、周りを見渡した。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る