第215話 君にさよなら

 真古都が襲われた事件から一週間。

少しづつ精神状態も落ち着いてきた。


「真古都の状態はどうなんですか?」

俺は毎日病院へ通った。


「記憶の混濁が続いたままです」

医者は重い顔で話す…


あの事件で、真古都は今まで閉じ込めていた記憶の断片を思い出し始めていた。


男に襲われた事で彼女にとっては、

に再び遭遇し…


そして…悲しみを避けるために蓋をした

俺の存在も…



「彼女にはいつ逢えますか?」

俺は真古都に逢いたかった。

俺を“瀬戸翔吾”だと彼女に…


医者はと云う顔をして俺を見る。


「何度も言っていますが、今はまだ難しいです。近づく男性にまだパニックをおこすことも度々あるんです。

ましてや以前の出来事と貴方の存在は紐付けされています…

もう少し落ち着くのを待って下さい」


医者は淡々と返答すると、頭を下げてさっさと行ってしまった…


真古都に逢いたい…


無理だと判っていても俺は毎日病院へ通った。




白い天井や白い壁に囲まれ、自分の中の記憶が出来たり消えたりするのが怖かった。


誰か…助けて…


コンコン…

ドアの音…その後に人が入ってくる。


「お義母さん!」

わたしがそう叫ぶと、足早に近づいて抱き締めてくれた。


「まだ…わたしを覚えてくれているのね」

「はい…お義母さん」

わたしはお義母さんにしがみついて言った。


旦那様の事も思い出した…

あの洋館でどれだけ酷いことをされたか…


思い出した日は、優しかった旦那様は全て嘘だった気がして何を信じたら良いのか判らなくなった…


だけど…旦那様が遺してくれたUSBを見る度に、胸が熱くなった…


酷いことをされた忌まわしい事実と記憶…

でも旦那様を愛しく想う気持ち… 


わたしの記憶はまだ曖昧だ…


お義母さんは時間をみつけては病院に通ってくれた…


「真古ちゃん…転院の事なんだけど…」

お義母さんがわたしに転院の話を切り出したので、少し前から心に決めていたことをお願いした。




ここ何日か真古都の病室にカーテンがかかっている。


「先生!」

俺は真古都の主治医を見つけると声をかけた。


「あれから真古都の具合はどうなんですか? 少しは落ち着きましたか?」

閉めっぱなしのカーテンが妙に気になっていた。

しかし主治医の口から聞かされたのは予想もしていなかった事だった。


「彼女は一週間も前に退院しましたよ。

それと、貴方が来たら返して欲しいと預かった物があります」


一瞬何を言われてるのか理解出来なかった。


主治医は自分のデスクの引き出しを開け、封筒を取り出すと俺に渡した。


「確かにお返ししましたよ」


俺は封を破り中を開ける…

中には便箋と紙に包まった小さい物…


紙に包まっていたのは

俺が贈った指輪…


“瀬戸くんの幸せを祈ってます”


嘘だろ?

なんで?

俺より霧嶋を取ったのか?


訳が判らなかった…

その後どうやって帰ったのか覚えていない…



「どうした?真古都の具合が悪かったのか?」

家に帰ると、様子の可怪しい俺に先輩が訊いて来た。


「真古都が…いなくなった…

一週間も前に退院したらしい…」

俺は崩れるように椅子に座ると、テーブルに額を擦り付けるように頭を下げ両手で抱え込んだ。


「一体どう云う事なんだ?」

先輩もビックリして訊いて来る。


「判らない…今日…主治医に訊いたらこれを渡されて…そう言われた…」

病院で渡された封筒をテーブルに出す…


先輩は中身を確認した後どこかへ電話をかけだした。

相手と繋がると、俺から離れて話をしている…


これからどうしたらいいんだ…

俺は…真古都がいない未来あしたなんていらない…



「……待って下さい! 話を…くそっ!」

先輩が戻って来るなりパソコンを開き始めた…


「瀬戸!!」

先輩がいきなり俺の胸ぐらを掴むと、パソコンの画面まで引っ張られた。

「どう云う事か説明しろ!!」

物凄い剣幕だ…


俺は理由もわからず目の前に突き出された動画を見る…


そこには爺さんが誰かと話している…

トーク番組みたいだが…


〘そう云えばこの度お孫さんの結婚相手が決まったそうですね。巷では評判になってますよ、お相手は今一番売れている若手日本人画家だとか…〙

〘日本人特有の中々堅物な男だが、やっとと、良い返事を貰えたよ〙


俺は頭の中が真っ白になった…






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