第212話 いとしき日々よ
「随分たくさんあるな…何が入っているんだろう…」
先輩が箱から何枚か取り出す…
「…3月3日……数真?」
「………4月1日〜?」
「これって…何か記録してあるんじゃないのか?」
先輩が持っていたメモリをパソコンに繋げている様子を真古都は視線も逸らさずじっと見ている…
暫くすると、画面が明るくなりどこかの施設が映し出される。
白い壁に赤ん坊の泣き声…すぐに病院だと判る。
《昨日、無事子どもが生まれた…》
霧嶋の声だ…
そこには保育器の中で眠っている産まれて間もない赤ん坊が映ってる…
「か…数真くん…」
映像の中で、霧嶋は無事に生まれた我が子へ感謝の気持ちを切々と語っている。
初産で不安になってる彼女をよく眠ってるからと、病室に残して売店に行った事、
直ぐに戻れば良かったのに、ナースステーション前で呼び止められ、話をした事、
その為に、自分を捜しに歩き回った彼女が破水してしまった事…
お産の痛みに必死で耐えている彼女に、
自分は手を握ることしか出来なかった事…
彼女が痛みに耐えながら自分の腕を強く握っている間、“無事に生まれて欲しい”と、
そればかりが頭を巡り、お産が終わった後初めて自分の腕が赤くなってるのに気づいた事…
早産で負担がかかった母体と心臓のことも踏まえて、暫く安静のためベッドから出られない彼女に代わってミルクを飲ませに保育室に通った事…
次から次へ…
写真や映像と一緒に事細かにその時の様子を話している…
真古都の顔は涙と鼻水でグシャグシャだ…
他の何枚かも、冒頭の5~6分を見て確認したが、どれも写真や映像に霧嶋が真古都や数真に向けて愛情込めて話しかけている。
数真の成長の記録だったり…
誕生日やクリスマスだったり…
何でもない日常だったり…
霧嶋はどんな気持ちでこれを作っていたのだろうか…
ありふれた家族の記録。
増えていくのが当たり前の家族の歴史…
だが霧嶋にとってはこれが増える度、
自分の死が近づいていくカウントダウンのようなものだ…
あと何本遺せるのか…
何度その想いが胸を過ったことだろう…
見てもらえるか確証が無いのに…
どれも真古都や数真への愛情で溢れている…
霧嶋にとって真古都が全てだったんだと、
嫌でも思い知らされる…
「行くぞ…」
不意に先輩の声がする。
「じゃあ真古ちゃん、また連絡するから…
何かあったら真古ちゃんも遠慮なく電話してきて…」
先輩が真古都にそう声かけすると、俺は引きずられるように二人の家から連れ出された。
「今日は一人にしてやろう…
あの男との思い出に浸りたいだろうし…」
俺は先輩のする事に素直に従った。
「旦那様…これを見つけるのに…
こんなに時間がかかってごめんなさい…」
わたしは箱の中に収められてる一枚一枚を眺めながら、自分はこんなに愛されていたんだと改めて知った…
旦那様が遺してくれた物の中には、数真くんが生まれる前からのもたくさんあって、最初の頃は撮った写真に旦那様が話しかけてくれてる…
だけど…最初の頃の方は…
あんまり覚えて無くて…
実際にあったことなのかも、
わたしの中ではあやふやだ…
それでも確かに言えるのは、
わたしは旦那様から
本当に愛されていたんだと云う事…
旦那様がわたしにした事やついた嘘が
たとえ事実であっても
今、わたしは旦那様を愛しく想っている…
色々な記憶が曖昧で確かめることが出来なくても、消えてしまった記憶の先に、
旦那様への気持ちだけが残ってる…
旦那様と過ごした愛しい日々が…
旦那様と見つめた明日が…
全てを忘れてしまっても…
きっと…わたしの胸に焼き付いてる…
「旦那様…わたしも…わたしも旦那様を
お慕いしていました…
遅くなってごめんなさい…
愛しています…旦那様…」
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