第209話 遺されていた物 後篇

 “真古都さんへ”

袋の表書きにはそう記されている…


袋だと思っていたのは、封筒を二つ折りにした物だった。


中になにが入ってるんだろう…早く開けたい気持ちと、良くない事が書いてあったらと云う不安で指が震える…


「旦那様…旦那様…」


溢れる涙と共に、旦那様からの封筒を胸に抱きどのくらいじっとしていただろうか…

涙は止まるどころか、次から次へと溢れ出てくる…


わたしは震える手で封筒にペーパーナイフを入れた。


中に入っていたのはメモ用紙と小さな薄いプラスチックのケース。


『これって…パソコンで使うやつだ…

見たことある…でも…使い方が判らない』


今日はお義母さんも仕事でいない…

どうしよう…



絵画展の方は取り敢えず順調だ…

会場の方は柏崎と婚約者の陽菜菊が仕切ってくれている。


瀬戸は…控室で絵を描いてる。

何かしていなければ気持ちがどうにかなりそうなんだろう…


ブルルルルルル…

携帯に着信が入る…見慣れない番号だな…


暫く迷ったが、鳴り止まないので出る…

〘はい…〙

聞こえてきたのは切羽詰まった女性の声…

「先輩!お願い助けて!」



「真古都か?! どうした!」

慌てている真古都に声をかける。

俺は会場から控室に移った。


「落ち着け! 大丈夫だ! 

ちゃんと話してみろ…うん…うん…

判った…心配するな…大丈夫だから…

今から行ってやる…そのまま待ってろ」

なだめるように言って電話を切った。


「お父さん…」

控室にいた螢が心配そうな顔を向ける。


「螢…お父さん用が出来たから…いい子にしてられるな?」

俺は螢の頭を撫でて話した。

螢は頷いてくれる。


「よし、いい子だ」


外に出ようとしたが、ドアの前に瀬戸が立ち塞いだ…


「今の電話…真古都ですよね?

アイツに何があったんですか?!」

話の感じで、相手が真古都だと察したらしい…


「あの男が遺したUSBが出てきたそうだ…

真古都はパソコンが使えない…だから俺に電話して来たんだ…ちょっと行ってくる」

俺は自分のところにかかってきた理由を伝えたが、瀬戸はドアの前から退こうとしない。


「先輩…俺も連れて行ってくれ」

「お前はダメだ…」

俺は即答した。


「あの男と彼女が暮らした家に行くんだぞ?真古都に対する遺書かもしれない…

そんな中でお前は冷静でいられるのか?」


瀬戸は沈黙した…


「そこをどけ…」

やつの肩に手をかけて退かそうとしたが動かない…


「先輩…頼みます…これ以上は耐えられない…気が狂いそうだ…」

俯いて頼むコイツに俺は根負けした…


「今よりもっと辛いものを目にするかもしれないと…覚悟しとけよ!」




柏崎たちに訳を話して真古都の家に向かった。


玄関のベルを鳴らすと直ぐに勢いよく開けられ、不安で震えている真古都がいた…


「先輩…忙しいのにごめんなさい…

わたし…使い方知らなくて…」

先輩の顔を見るなり彼女は泣き出した…


「大丈夫だ…ちゃんと開いてやるから…

安心しろ、パソコンはどこだ?」

真古都は先輩に支えられながら案内してくれる。


俺が一緒にいるのは気づいてるのに…

一度も俺を見ようとしない…


今の真古都が、目の前の情報を処理するのが精一杯で、周りが視えていないと、頭では解っていた…


だが気持ちはそれに着いて行けず、無性に遣る瀬無い想いが身体中に充満していく…

まるでわざと無視されている様な焦燥感が俺を襲う…



真古都はパソコンが何台か置いてある部屋に案内してくれた。


先輩はパソコンに電源を入れた。

カタカタと、キーボードを叩く音が暫く聞こえる…

「真古都、かして…」

先輩が伸ばした手に、真古都はそれまで両手で握っていた黒いケースを渡した。


ケースを受け取った先輩がパソコンに繋いだ後、椅子から立ち上がり代わりに真古都を座らせた。


「真古都…俺たちは出てようか?」

その問いに少し間を於いて彼女が答えた…


「ううん…一緒にいて…」

不安そうな顔で先輩を見つめて言った…


「判った…」

先輩は真古都の頭を撫でると、パソコンのキーボードを押した…




モニターの画面が黒から切り替わる…



《真古都さん…》



「だ…旦那様…」



画面に映し出されたのは霧嶋の姿だった…




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