第208話 遺されていた物 前篇
久しぶりに帰って来た旦那様とわたしたちの家…
懐かしさと切なさで胸が締め付けられる。
家の中を歩くと、どこに行っても旦那様の面影が浮かんでくる…
《真古都さん お茶にしようか》
《真古都さん 買い物に行こう》
《真古都さん 可愛いね》
居間にいても…
キッチンにいても…
庭に出ても…
「あ…」
家の裏口から出たところは、生前旦那様と一緒に花の手入れをしてた場所…
「旦那様…いつのまに…」
わたしのために旦那様が作ってくれた小さなフラワーガーデン…
そこに一面咲き乱れているのは
ムスカリの花…
小さな青紫の花が至る所に咲いている…
ムスカリの花言葉は…
【悲しみの後にある明るい未来】
それでも…
わたしには旦那様から受ける花言葉は
【寛大な愛】の方です…
遠くに行っても
わたしをこんなに大切に想ってくれる…
一緒にいる時は
こんなに愛されてるなんて
思いもしなかった…
「やっぱり…この家にずっといようかな…」
そんな気持ちが心の中に湧き始める。
旦那様への愛しさがわたしをこの家から離れ難くする…
お義母さんはそんなわたしに何も言わずに接してくれた…
旦那様が着ていた数枚の普段着はお義母さんに持っていてもらおう…
そうなると、
この家からわたしが分けてもらえる遺品は何も無い…
それでも…
この家にいるだけで旦那様を感じていられる…
毎晩、ベッドに入る度、わたしは旦那様の胸の中で眠っていた頃に想いを馳せる…
真古都が霧嶋とのあの家に帰ってから二週間になる…
「瀬戸くん…夕食出来ますよ」
自室に戻ろうとする俺に陽菜菊が声をかけてくれた。
「まだ…途中の絵があるから…俺はいい」
「お父さん、翔吾くん具合が悪いの?」
今まで以上に口数の少なくなった彼を心配して、螢が父親の袖を引っ張り尋ねた。
「そうだな…まあ、病気って云えば病気かな…」
ちょっと困った顔で娘に答えた。
「お父さん、お医者様呼ぼうよ…」
螢が掴んだ袖を揺すって、父親にお願いをする。
父親は益々困った顔になる…
「螢…アイツのことはここにいる皆んなが心配してるんだ…
だけど…この病気だけはお医者様でも治せないんだよ…」
正に…
お医者様でも草津の湯でも…
と云う歌詞の文句そのままだ…
彼女が遺品を取りに帰って、一日二日はまだ良かった。
その後は苛立つ事が増えて…
そうかと思えば、最近では口数も減り、食欲も落ちてる…
どうしようもない想いをキャンバスにぶつけているみたいだが、その所為か睡眠も満足に取っていない様子が続いている…
あの男がどんな男だったにせよ、死んだ男と喧嘩しても勝ち目が無いのは明らかだ…
たが…生きて行く真古都を支えられるのは、同じ時を過ごせる
夜空に淡い光を放つ青白い月に真古都への想いを募らせる…
『真古都…
俺は目上げる月に向かって願いを乞う…
彼女が俺の
俺は路地裏を歩く猫にも
空を飛ぶ燕にも
迷うこと無く頭を下げるだろう…
霧嶋…これで十分だろう…
もう…俺に…真古都を
二度も…
俺から真古都を奪うのは止めてくれ
たとえどんなに無様でもそう願わずにはいられない…
今日は天気がいいからたくさん洗濯をしようかな…
窓を開けて旦那様とわたしの寝室に風を通す…
『気持ちいいな…』
枕カバーを外して…
シーツも外す…
ベッドのマットもお日様に当てようかな…
わたしがマットを持ち上げると、
マットと底板の間に何かある…
『何…?』
マットを外すと、挟まっていたのは新聞紙で包んだ可成り大きな箱だった…
新聞紙の上から紐で括ってあって、そこにも何かの袋がテープで留められてた…
それを見た途端、涙が溢れて止まらない…
震える手で丁寧に箱から剥がすと、
袋の表面に
懐かしい旦那様の字で書いてある…
“真古都さんへ”
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