第207話 遺品

 次の週に、俺は真古都を家まで送った。


「送ってくれてありがとう…」

そう言って家に向かおうとする真古都を引き止め、自分の腕の中に包み込んだ。


「瀬戸…くん?」

あまりいつまでも、そうやって動かないからか、真古都が俺を呼ぶ声がする…


ダメだ…離したくない…


あの家の中には、俺の知らない真古都がいる…

霧嶋だけが知っている真古都…


あの家で、霧嶋はどんな想いで真古都と過ごしたんだろうか…

2年と云う短い時間の中で、霧嶋はどんなふうに真古都に愛を注いだんだろうか…


二人が紡いで来た時間を思うと、苦しい程胸が掻きむしられ、気が狂わんばかりに大声をあげそうになる…


このまま腕の中から離してしまったら…

あの家から二度と出て来ないような気がして、不安がまるで綿飴みたいに俺の身体を芯にして絡み付いてくる…


自分でも判るほど俺はみっともなく嫉妬している…



家のドアが開き、霧嶋の母親が姿を見せる。

「あっ…ばぁばぁ…」

数真が走って行った…


「じゃあ、行ってくるね」

俺の腕から抜け出た真古都は、霧嶋の母親へと近づいていく…


「真…真古都!」

思わず叫んでしまった声に、彼女は振り向くと、胸のところで小さく手を振って、笑顔を見せてくれた…




家の中に入ると、懐かしい空気がわたしの周りに漂っている…


無性に切ない気持ちが胸を締め付けているのに、どこか他人の部屋を見てる感じがする…


「お帰りなさい 真古ちゃん…」

「お義母さん…」


お義母さんが優しく抱き締めてくれる…


「家の中が随分さっぱりしちゃったでしょう?まるであなた達が日本から来る前に逆戻りよ…」

お義母さんの笑顔がどこか寂しそう…


数真は子ども部屋で遊びだした…


2階にある自分達の部屋に入ると自然に涙が溢れ始めた…


「だ…旦那様…」


《真古都さん 大好き》

《真古都さん こっちに来て》

《真古都さん おはよう》


真古都さん…真古都さん…真古都さん…


ああ…旦那様の…声が聴こえる…

旦那様…


「真古ちゃんありがとう…数祈のために」

お義母さんも、数くんのことを想って目に涙が潤んでる…



その夜は旦那様の好きだった物をお義母さんと一緒に作った…

旦那様の好きだった物を食べて…

旦那様のことを話して…


「遺品と言ってもね…実は殆ど無いのよ…数祈あの子が自分で処分したみたいで…」


お義母さんは、わたしが病気療養のために教会へ移ってから、少しづつ整理しようと思ったが殆ど何も残ってなかったそうだ…



仕事部屋にも、未使用のコピー用紙があるくらいで綺麗に片付いてる。

パソコンも全て初期設定に戻っている。


自室にも普段着が数枚有るだけでクローゼットの中は空っぽ。



わたしも旦那様が亡くなって、悲しくて…淋しくて…遺品の整理どころじゃなかった…

やっと落ち着いてからは数真くんのために頑張らないとと、花屋を再開し始めた…


どうして?


どうして旦那様はみんな処分してしまったの?


その日の夜は、数真は子ども部屋で…

わたしは旦那様との寝室で眠った…




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