第206話 霧嶋の母親
絵画展が休みの日、教会に客が来た。
霧嶋の母親だった…
「悪いが…真古都は熱を出して休んでる」
俺は母親に伝えた。
治療中はなるべく里心がついてほしくないので、正直会わせたくなかった。
だがその日、真古都は本当に熱を出していた。
「いえ…今日は瀬戸くんにお話があって来ました」
霧嶋の母親は静かに言った。
「真古都さんの具合はどう?」
「病状に大きな変化はありませんが、定期的にカウンセリングも受けてくれています。今のところ安定してると思います…」
俺は真古都の様子を母親にゆっくりと説明していった…
「記憶の方はどうなのかしら?少しは思い出してる様子とかある?」
真古都には忘れてしまった記憶がある…
どの期間を忘れて、その直接な原因は何なのかはまだハッキリしない…
対人関係も、先輩は覚えているが学生時代のことは覚えていない…
当然の如く、俺とのことも一切忘れている。
「今日伺ったのは真古都さんのことで2つお願いがあって来たの」
霧嶋のエゴイスティックな愛情が、真古都を翻弄したことで今の状態の引き金かもしれない…
霧嶋の母親は真古都に対して酷く責任を感じている…その為治療には積極的だ…
「1つは数祈の遺品を今のうちに渡したくて…新しく作られた事実は、記憶が甦った時、逆に忘れてしまう事があるそうだから…」
霧嶋の思い出をまだ覚えているうちに遺品を確認して欲しいようだ…
霧嶋のしたことは、決して赦される事ではないが、2年余りの結婚生活での愛情がまだ消えないうちに偲んで欲しいと云うのが母親としての気持ちなのだろう…
「2つめは数真のことなの…
真古都さんの記憶が戻った時、結婚生活の記憶は忘れてしまう可能性が高い…
きっと数真のことも覚えてないと思うの…だから、その時は数真をウチで引き取るつもりよ」
突然の申し出だった…
俺は数真と別れるなんて考えてもみなかった…
「いきなり勝手な事言うな!そんな事出来る訳無いだろ!」
俺は腹が立ってつい大声を出した。
だが、母親の方は睨みつける俺に動じる様子もない。
「母親から拒絶された子どもの事を思ったら距離を取るべきだわ…
それに…」
話の途中で母親が少し黙って考えてる…
「もし…この先、瀬戸くんとの間に子供が出来た場合…やはり自分の子どもの方が可愛いと思うの…」
母親の言葉に、俺は自分を値踏みされたみたいで腹がたった…
「俺が…数真と次に産まれてくる子を差別するって云うのか?!」
「可能性を言ってるだけよ…とにかく考えておいて、大事なのは数真のことだから…
遺品を取りに来る日は後で連絡を頂戴」
霧嶋の母親は話が済むと、さっさと帰ってしまった…
「くそっ!」
「そう怒るな…母親の気持ちを考えたら当然だろう…」
先輩が静かな口調で俺を見て言った…
「先輩まで俺がそんな男だって言うんですか?!」
俺は先輩に咬み付いた。
「数真はあの男の子どもだ…
今の状況の切っ掛けを作り、お前から真古都を奪った男の子どもだ…
もし…その憎しみが数真に向けられたらと案ずるのは仕方ないだろう」
俺は先輩の言葉に黙ってしまった…
俺がいくら数真を可愛がっても、傍から見れば憎らしい男の子どもだ…
「取り敢えず…真古都の記憶がどうなるかはその時になってみなければ判らない…
先ずは遺品を取りに行かせるのが先決だ」
霧嶋の遺品…
アイツの遺品なんて…
取りに行かせたくない…
そう思う俺は…
相変わらず狭量な男だ…
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