第204話 ダーズンローズ

 〘ちょっと! どうなってるの?!〙

怒りに任せて声を張り上げて怒鳴った。


〘仕方ないだろう?彼女の傍に始終男が張り付いてるんだ…アプローチのしようもない〙

淡々とした返事が聞こえてくる。


〘そこを何とかするのがあんたの約目でしょう!お金は払うからあんな目障りな女さっさと消してよ!〙

まさか絵画展の受付にまで連れて来るとは思わなかった!

しかも、それが予想以上に話題になっている…


やっと申し分のない男を見つけたのに…

手に入れるのにこれ程苦労するなんて…


〘悪いがここまでだ…

報酬は惜しいが、こっちもヤバいんでね

俺は手を引かせてもらう…じゃあな〙


〘ちょっと待ちなさいよ!〙

何度怒鳴っても切れてしまった電話からは何の応答もない…


〘いいわよ!男を手に入れる方法は他にもあるわ!〙

彼女は乱暴に受話器を置くと、そのまま祖父の部屋へと歩き出した。




引き出しから取り出した小さな箱…

半分潰れて形が変わっている。



瀬戸くんが何かを探してる…

いきなり連れて来られたけど、わたしはもうこの部屋に入ったらダメだ…


「行くな真古都!」

部屋を出ようと動き出したわたしを見て彼が止めた…


「俺の話しを訊いてくれ!」

瀬戸くんが真剣な顔をしてわたしに近づいてきた… 

鬼気迫る勢いに足が竦んで動けない…


「わ…わたし…部屋に帰らないと…」

こんな瀬戸くんは初めて見る…

逃げ出したいのに動けない…


「お願いだ…少しの時間で良い…

俺の話しを訊いてくれ…」

俺が帰ろうとする真古都の腕を掴んで食い下がったので、やむなく彼女は頷いてくれた…


彼女が震えているのが、掴んでいる手から伝わってくる…

いつもと違う俺の様子に、もしかしたら怖がっているのかもしれない…


俺は彼女の手を取ると、その上に持っていた小さな箱を置いた。


「これを…お前に…」

俺の心臓はまるで地響きを鳴らして歩く恐竜の足音ように、ズシン、ズシン、ズシン…と踏まれていく…


「あ…開けても…?」

潰れた箱に違和感を見せながら真古都が訊いた。


「勿論だ!」

心臓が鳴らす足音は止まない…

俺はやっとの思いで返事をした。


真古都は震える手で、潰れた箱を直しながら開けていく…


箱の中を見た真古都はそのまま動かない…俺の心臓から鳴らす響きは更に重たくなっていく…


箱の中身を見ても何のリアクションもない状況に不安が襲ってくる…

このまま押し返されたら…


「あ…あの…これ…」

やっと真古都が口を開いてくれた!


「受け取って欲しい…」

俺は言葉に想いを込めた…


「で…でも…これって…」

真古都が戸惑いの表情を向ける…


「俺の…気持ちだ!」

俺は精一杯訴えた…


箱の中身は卒業して間もなく、離れ離れの生活に不安な俺が、どうしても彼女と繋がっている保証が欲しくて買った指輪…


俺との将来をその時約束して欲しかった…


それなのに間抜けな俺は、それを渡す機会を自分から手離してしまった…


今なら…学生だったあの頃よりもっと良い物を買ってやれる…だが俺は伝えたかった…


「た…頼む…返事を…」

俺は願うような気持ちで声をかけた…


「わたしが…貰っていいの?」

躊躇いがちに口を開く…


「だからお前に渡している」

以前も同じ事を伝えたが今回は意味合いが違う…


「だって…わたしは…」

切ない面持ちで俺の顔を見上げる…


「お前が良いんだ!」

今も…昔も…俺の気持ちは変わらない…


「本当にわたしでいいの?」

真古都の声が震えている…


「決まってる!俺はお前でないとダメだ!」

真っ直ぐに彼女を見つめて告げた…




彼女の頬をしずくが濡らしていく…

「は…はい…」

次から次に溢れて落ちるしずくに声を詰まらせている…


「はい…はい…」

その後の言葉が喉の奥から出て来れない…


俺は少し自分に引き寄せ静かに彼女の背中を擦った。


ゆっくり…ゆっくり…

真古都の呼吸が落ち着くまで…


「瀬戸…くん…」

彼女は一旦俺の顔を見ると、再び目を伏せる…


「ありがとう」

突然…蚊の鳴くようなか細い声が届く…


その言葉を訊いた途端、これ以上ない想いが躰を揺さぶった。


「好きだ…真古都…」

彼女の躰を力一杯抱き締めた。


「はい…わたしも…瀬戸くんをお慕いしています」

この言葉が…もう一度訊けるなんて…


「本当に俺でいいな?後で気が変わっても俺は別れないぞ!」

情けない俺は、代わり映えもせず同じ質問で確認する。


「はい…わたしも…瀬戸くんがいいです」


俺は躰中の血が沸騰し、その熱気が充満していくような昂りを覚えた…


俺は箱から指輪を取り出すと、真古都の薬指にはめ唇を重ねた…

その夜は二度と離されないようにきつく抱き締めて眠った…



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