第203話 月の女神

 絵画展は好評だ。

代表作が月の絵もあって、黄蘗色の和服姿で受付する真古都に来場者は一様に絶賛の声をあげた。


〘さすがショウゴ・セトの区画だ。

案内嬢も月の女神とは恐れ入ったよ〙


〘日本の着物素敵ね〙


着物がよく似合う真古都が、フランス語で来場者をもてなす姿に誰もが好感を持ってくれた。


絵も順調に売れている。

[売約済]の札が何枚もの絵に付けられてる。

真古都のお陰だ。


元々コミュ障の彼女が、丁寧に作品の紹介をしてくれる。

来場者への気配りも忘れない。

俺は真古都からこんなに尽くしてもらって、なんて幸せ者なんだろう…




わたしは嬉しかった…

少しでも瀬戸くんの役に立ちたかったから…


黄蘗色は偶然だった…

わたしが持ってる夏の着物はこれしかないから…


時々、来場者で瀬戸くんの作品と一緒にわたしを写す人がいて

それだけは恥ずかしかった…



だけど…

最近別の事も訊かれるようになった…


〘女性の受付が付くのは初めてだけど、どんな関係かしら?〙


〘ショウゴ・セトとお付き合いされているんですか?〙


わたしは今回一緒にお手伝いをして判った事がある…


わたしが思ってたよりも、ずっと彼は画家として将来を期待されてる人だった…


こんな…

病気持ちで…

夫を亡くした子持ちの女が…

付き合ってるなんて知られたらダメだ…


〘わたしは担当者のツジミヤから、お忙しい作者に代わり今回の案内役を仰せつかっただけです〙

精一杯の笑顔でそう答えた…


これ以上…瀬戸くんの優しさに甘えたらダメだ…




「真古都、お茶にしないか?」

「ごめんなさい…まだ用があるから…」


「真古都、夕食の後一緒に…」

「ごめんなさい…キクちゃんと約束してるの…」



可怪しい…最近、真古都に避けられてる感じがする…


俺は思い余って柏崎に相談した…


「多分これじゃないか?」

柏崎は暫くして、ある雑誌記事をパソコンで開いて見せてくれた。


【日本人画家の案内嬢は月の女神】

【黄蘗色の和服に身を包んだ彼女との関係は?!】

【“わたしはお仕事を受けただけです”

彼女は関係を完全否定!】



「な…何だこれ…」

俺はパソコンのページをめくる度出てくる真古都の記事に絶句した…


「お前は自覚ないだろうが、結構有望な画家らしいから記事にされたんだろう。

このままだと彼女のことだから自分から身を引くぞ?」


勘弁してくれ…

折角、真古都に付き合う承諾を貰ったのにこれでまた距離を置かれたら本末転倒だ…


「どうしたらいいんだ…」


「自分の好きにしたらいいじゃないか」

頭を抱えて悩んでる俺にヤツはあっさり言ってのけた。


「月の女神なんだろ? 

ヤツが俺を真っ直ぐ見て言った。


そうだ!

真古都は俺にとって月だ!

俺の中の闇を唯一照らしてくれる月だ!

俺が進む未来みち

その光で照らせるのは真古都だけだ!


「行って来いよ…

どうせお前のことだから絵画展が終わったらとか…呑気な事考えてたんだろ?

逃げられる前に、さっさと掴まえてこい」

ヤツに手で追い払われるような仕草をされて、胸に押し込めていた気持ちの蓋が外れた…


俺は真古都の部屋に走った。


「真古都!真古都!」

必死にドアを叩く音に何とか彼女は開けてくれた。


「ど…どうしたの?」

切羽詰まった表情の俺にビックリしている。


「ちょっと来い!」

躊躇いがちにドアから覗かせてた彼女の腕を掴んで自分の部屋に連れてきた。


「な…なに?」

真古都を椅子に座らせ、

俺はずっと引き出しの奥にしまってあった小さな箱を取りに行った。




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