第202話 フル・バージョン

 「最近は花屋に来てるのか?」

先輩が俺に尋ねる。


「いや…それに、トイレ以外真古都を一人にしないから…あの男も近寄れないんだろう」

「バカな事はするなよ。彼氏だってトイレ迄ついて行ったら引かれるぞ」

平然と話す瀬戸に俺は忠告した。


「先輩…俺の事何か誤解してないですか?いくら俺でも迄は着いて行きませんよ」

当たり前のように言い放つ瀬戸に俺もいささか呆れた…


この男につけるがあったら欲しいものだ…


「それはそうと…その男には気をつけろよ…今回の共同出展、急に欠席した画家がいただろう?」


いきなり何を言い出したんだと不思議に思った…


「表沙汰になって無いが、結婚間近だった婚約者が水商売の男に入れあげて失踪したらしい…」

先輩が真面目な顔で俺を見る…


「先輩…俺が真古都と付き合い出したからってわざと変な話してませんか?どこからそんな話訊いてきたんです?」

俺は訝しげに先輩を見た。


「お前こそあんまり俺を見縊るな…

本職は雑誌記者だぞ…情報のツテは色々ある…俺が心配してるのは失踪した婚約者の相手があの男かもしれないって事だ…」

先輩があんまり突拍子も無い事を言い出したので言葉が出なかった…


「ここは平和な日本じゃないんだ…

何処でどんなことに巻き込まれてもおかしくない…彼女から目を離すなよ…」

俺は急に心配になって真古都の顔が見たくなった。


「ちょっと真古都の顔見てきます!」

慌ただしく真古都の部屋に急いだ…


「全く…巷じゃ将来有望な新人画家だと騒がれてるがまだまだ世間知らずな小僧だな………?

そう云えば付き合ったって…どう云う事だ?

おい!瀬戸!説明しろ!」




何だかんだで爺さん主催の絵画展まであと1か月を切った。


今回も柏崎が、区画の設営の為にわざわざ日本から来てくれた。

「よう、久しぶり」


久々の再会に、友人の元気な顔が見れて嬉しかった。

今回は彼女も一緒だ。


柏崎には、真古都の病状について前もって伝えておいた。

今の真古都にとっては、学生時代に何度か会っていても、記憶にないから彼らとは初対面になる…



「こんにちわ…音無陽菜菊おとなしひなぎくです。仲良くしてね」


瀬戸くんのお友だちの彼女さんです…

音無陽菜菊さん…

凄く感じの良い人…

お友達になれたらわたしも嬉しい…



「彼女…思ってたより元気そうなんで安心したよ」

柏崎が気遣ってくれる…有り難い…


「カウンセリングのあった日や、閉じ込めた記憶に関連する出来事なんかがあったりするとパニックを起こしたりするけどな…」

俺はお茶を出しながら彼女の症状について話した。


「経験したこと無い俺には想像も出来ないが…それでも幸せそうで良かった」


「っるせ! 俺の事よりお前の方はどうなんだ?」

俺を気遣う言葉に照れ臭くなって相手の方へ話をふった。


「それが…」

話しをふった途端柏崎の様子が可怪しい…


「なんだ?」

俺は訊いてみる…


「実を言うと結婚しようと思うんだ…」

ソワソワと落ち着きが無くなったと思ったら、とんだ爆弾発言を言いやがった…


「おめでとう!良かったじゃないか…」

柏崎が高1の時、彼女の為に部活の先輩を殴って停学処分を受けたのも知っている…


それ以来付き合いを始めた彼女を誰よりも大切にしてきた。


そんな二人がやっと結婚するのかと思ったら、自分の事のように嬉しかった。


「仕事も…まだまだこれからだけど…それにはやっぱり彼女に傍にいて欲しかったからプロポーズしたよ…」


照れながら話すコイツが羨ましかった。

式は3ヶ月後だという…


「良かったら二人で一緒に出席してくれないか?」


小学校からの親友の結婚式だ。

俺は何があっても二人で出席すると答えた。




出展の準備は皆んなで分担した。

柏崎と彼女も滞在中は教会に寝泊まりしている。何しろ部屋数は申し分ない程ある。


「コトちゃん、こっち終わったよ」

「キクちゃん、こっちも終わりました」


女同士は可成り仲良くなったようだ…

柏崎の彼女は、真古都の病状をよく理解してくれ、その都度フォローもしてくれる。


男の俺では気の回らない事もあり助かっている。



遂に開催初日

陽菜菊と一緒に出てきた真古都は、黄蘗色の和服を着ていた。


「ごめんなさい…わたし…あんまり服を持って無くて…でも日本人画家のスペースなら日本を感じてもらえる格好も良いかなって…」

真古都が含羞みながら伝えてくれる…


彼女の和服姿を見たら、二人で初めて行った夏祭りを思い出し胸が熱くなった…


「大丈夫だ、問題ない」

そう伝えるのが精一杯だった。

そんな俺に、真古都は嬉しそうな笑顔を見せてくれる…


「おたるしゃん、かぁいいねぇ…

おしめしゃまみたい…」

数真が、若草色のワンピースに、以前贈った黄色いリボンをつけた螢に近寄ってニコニコしている。



「全く!この朴念仁が!数真を見習え!

そこは“綺麗だ”とか、“素敵だ”とか褒めるところだろうが!」

柏崎の叱責が飛ぶ。


「コイツは口が重いから今のでも上出来な方だ」

先輩からも揶揄われた。


「相変わらずしょうがないヤツだ…」


皆んなから笑顔が溢れる中、俺と真古都は恥ずかしくてお互い顔が真っ赤だ…




よし!

ここにいる皆んなで頑張ってきた

何としてもこの出展は成功させないと…



俺は…

今回の絵画展が終わったら

真古都へ大事な話しをしようと

決心していた。




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