第200話 夜空の星

 〘彼氏がいるなんて契約違反だよ〙

シャツのボタンを外し、その隙間から中の胸が少し開けて見える…

なんて…だらしがない…


〘そんな事よりこの間頼んだ方はどうなったの?〙

この忌々しい男と長く話をするなんてまっぴらだった。


〘あっちはもう僕にメロメロさ〜

僕の頼みなら他の男とだって一晩夜を共にするだろうね〙

そう言って含み笑いをしている…


下衆でいけ好かない男…


ところが、この男がその気になれば一国の王女だって、その身を捧げるだろうとまで言われてる程、どんな女も簡単に彼の手に落ちるらしい…


女は他国に売られても尚、騙されてた事を信じないと云うから不思議で仕方がない…


この男のどこにそんな手腕があるのか…

だが、使える男だ…


今目の前に立っているバーテンダーと云う生業も素顔では無いに決まっている…


他人ひとが羨むくらい仲の良かった婚約者を奪った男が彼氏くらい何でもないでしょ…落とした後の女は貴方の好きにして良いんだからさっさとケリをつけて〙


〘自分の狙った男に女がいたら、容赦なく罠にハメて落し穴に落としていくヤツがよく言うよ…

でもまあ、こっちも商売だからやりますけどね…ボーナスつけてくださいよ〙

にこやかに手を振って彼は部屋から出て行った。


〘ホント嫌な男…だけど彼氏って…

ただの同居人のはずなんだけど…

保険のつもりで恋人を斡旋してやったのに…なんて女なの…!〙




「瀬戸くん…開けても良い?」

ドアの向こうで真古都の声がする。


開けると両手にカップを持って立っている。


「お前…俺が開けなきゃどうやって開けたんだ?」

一瞬何を言われたのか解らなかったようだが、自分の持っているカップに気がつくと真っ赤になって俯いた。


「こ…これ…」

片方のカップを俺に差し出してくれる。

手に巻かれた包帯が痛々しい…


「今日は…ありがとう…お礼を言うタイミングがつかめなくて…」

少し含羞んで渡す仕草も可愛いな…


俺はカップを受取ると、空いた手を掴んで引き寄せた。


「星が綺麗なんだ。一緒に見よう」


その声かけに、ゆっくり部屋に入ってくる。

俺はそのままバルコニーまで連れて行った。


真古都を椅子に座らせ、肩から毛布を掛けてやる。


「寒くないか?」

「うん」


真古都が淹れてくれたお茶を飲みながら、空の星を二人で眺めた。


静かな二人だけの時間…

そんな幸せを、1時間程味わっていると真古都の躰が少しづつ傾き出した。


『相変わらずだな…』


眠ってしまった彼女の躰を抱き上げ、自分のベッドに寝かせた。


真古都の隣に、ゆっくりと自分の躰を滑り込ませる…

頭の下から腕を回して俺の胸に引き寄せてしっかりと囲った…


規則正しい呼吸音が、胸の上で奏でられている。


真古都は昔から、俺の傍だと寝てしまう事が多かった。


お前の病気を知った今なら判る…


身体の中のトラウマが…原始的神経をどんな時でも過剰に働かせてる…

その所為でいつもボロボロなお前は、緊張の糸を全て緩め安心して眠れる処として、

ちゃんと俺の場所を認めてくれていたんだな…


それなのに…

お前のその信頼を、先に裏切ったのは俺の方だったんだ…!


お前のことを…何よりも優先させるべきだったのに…!

お前の躰を1番に考えてやるべきだったのに…


こんな俺だが…どうかこれからはずっとついてきて欲しい…


霧嶋がお前を大切にしてくれて良かった…


これからは俺がお前の傍にいる…

お前を想う気持ちなら…誰にも負けない…


俺が不甲斐ないばかりに、長い時間お前に遠回りさせた…


今度こそハッキリと伝える…


その時は…

路上を這う蟻にでさえ

感謝するくらいの良い返事を


お願いだから俺にくれないか…



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