第199話 贖罪

 〘マコトの亡くなったご主人はあんたが逆立ちしたって敵わないくらい物凄いイケメンだったのよ!〙


リゼが俺を見据えて語る。

言われなくても、嫌と云う程知ってる…


〘だけどね、1度だって女性関係でマコトを泣かせた事なんてなかったんだから!〙


その言葉を訊いた途端、俺の心臓が嫌な音を立てる…


〘羨ましさを通り越して呆れるくらい彼女を大事にしてたのよ!〙


その音は、真古都を泣かせてばかりいる不甲斐ない俺に、まるで罪状を決定づけるガベルの音のように鳴っている…


〘恋人宣言までしちゃって…本気で彼女と付き合っていく気なら、ご主人より大事にしなきゃ許さないからね〙


リゼは言いたい事だけ言うと、さっさと自分の店に帰って行った…



くそっ!

そんな事…わかってる!


俺は至らない自分を叱責しながら真古都に謝ろうと店に戻った。


ところが、いつ店に入ったのか、ドアを開けるとあの男が真古都の手を握って顔を近づけている!


俺は真古都を引き寄せ男を追い出したが、

男が言った言葉が耳から離れない…!


“君には彼女に夢は見せてあげられないよ”


何だその言い種!俺のどこがいけない!

くそっ!


「真古都…大丈夫か?」


男の言葉に掻き乱されながらも、真古都が心配で声をかけた。


「あ…い…いや…嫌ぁーっ!!

わたしに触らないで!」


真古都がパニックをおこし始めた…

拒絶の言葉をたて、俺から逃げるようにバックヤードへ入っていく…


「真古都!」


どうしようもない不安が俺を襲った…自分も彼女を追ってバックヤードに入る。


真古都は手にタワシを力一杯擦り付けていた。


「嫌だ…嫌だ…嫌だ…」


擦られた手がどんどん赤く染まっていく…


「真古都やめろ!」


後ろから彼女の両腕を掴んで擦り付けるのを止めさせた。


「嫌ぁっ! 嫌ぁっ! 離して!」

「落ち着け真古都!」


俺は暴れる真古都を後ろから抱き抑えた。


「離して! あの男が…あの男が…」

「大丈夫だ! もう大丈夫だから!」


震える彼女の躰を力一杯抱き締める…


「やだあ…やだあ…」


まるで子どものように泣き出す真古都に、ゆっくり諭す…


「大丈夫…もうあの男はいないから…

さあ…タワシをシンクに戻して…」


タワシを持ってる腕の力を緩め、シンクに戻させる。


そのまま彼女と一緒に長椅子へ座る…


「あ…あの男が…」

「大丈夫だ…ここには俺しかいない…」


真古都の手の甲は赤くなって、皮が剥けて血が滲んでいる…


「わたしの手を…わたしの…あう…」


傷付いた手が痛々しい…

俺が不甲斐ないから…

お前にこんな傷を作らせるんだ…


俺は真古都のパニックが治まるまで胸に抱き締めた…


「すまない…真古都…」


落ち着いてきた真古都に、俺は謝罪の言葉を告げ、赤くなった手を握りしめた…


「この手を…俺にくれないか?」


俺は真古都を見つめて言った…

真古都は何を言われてるのか解らず不思議な顔をする…


「俺に、この手をくれるのは嫌か?」


よく考えたら変な要求たが、そんな事はどうでも良かった…

俺は真古都を自分に取り戻したかった…



「あ… あげる…」


暫くして、真古都がか細い声で俯いて答えてくれる…


「本当に俺でいいな?後で気が変わっても返さないぞ…」


隣に座る真古都を抱き寄せて俺は訊いた。

真古都は頬を染めてコクコクと頷く…


「もう…こんな事するなよ…」


傷付いた真古都の手が切ない気持ちを溢れさす…



「せ…瀬戸くんっ!」


思わず引っ込めようとする手を強く握って俺は離さない…

真古都も…動かしたのは最初だけで後はされるままじっとしている…


「あ…」

真古都が顔を赤く染めながら声を漏らす…


「痛いか?もうこんな真似はさせないから安心してくれ…」


俺は贖罪をするように、傷付いた真古都の手に唇を落としていく…










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