第198話 恋人宣言

 〘いらっしゃいませ!〙


花屋の仕事も、やってみると色々大変だ。

以前、真古都の実家で配達のバイトをしたが、店の中の仕事も結構力がいる。


無愛想だと柏崎からよく言われたが、そんな俺でも何とか真古都の手伝いくらいにはなってるのが嬉しい…



瀬戸くんがお店の手伝いをしてくれるから、男のお客さんが来ても安心だ…


最近は若い女性のお客さんが増えた…

瀬戸くんを目当てにやって来る…


瀬戸くんは無愛想だって言うけど…

そんなことない…


凄く聡明で、鷹揚に構えてるところがそう見えるのかもしれないけど…

誰よりも優しい眼差しを向けてくれるのを知ってる…



〘は〜い マコト〙


リゼがカフェの店内に飾る花を取りに来た。


〘リゼ…お花の用意出来てるよ〙


わたしはいつも頼まれてる分を籠に用意してあった。


〘そんな事よりいいの? あれ!〙


いきなりわたしに恐い顔を見せたが、彼女の示す視線の先に目を向ければ言いたいことは一目瞭然。


瀬戸くんの周りにいる女性たち…

毎回花を買うのを口実に、彼の傍にやって来ては色々話しかけてる…


そりゃあ…あんまりいい気はしないけど…


〘あのたち…しょっちゅう来てるでしょ? イケメンくん取られちゃうわよ?〙


リゼが心配してくれるのは判る…


彼女たち…綺麗だもん…

フランスこっちの女の人は皆んなオシャレに余念がない…

男の人もそれを求めてるから、

いつも身支度に気を配ってる…


わたしは…なんか…そう云うの…

疲れちゃってダメだ…



わたしがリゼとそんなやり取りをしてると瀬戸くんが近づいて来る。


『どうしたのかな?何か判らない事があったのかな?』


そんな事を思ってるわたしの傍へ来ると、いきなり引き寄せられて、後ろから抱えられた。


わたしの正面には何人かの女性が訝しげに私を見てる…


えっ? 何? どうしたの?


わたしの疑問をよそに、瀬戸くんが話し始めた…


〘俺の彼女はこいつだ…

好きになった女が、俺の理想の女だ…〙


瀬戸くんが女の人たちに向かって…公言してる!


え〜っ! なんでそうなるの?!


「悪いな…

こいつら俺に彼女がいるのかとか、

理想の女はどんなヤツかとか、

とにかくしつこくて…」


女の人たちの前でをされ、幾分パニック気味のわたしの耳元に、

瀬戸くんがその理由わけを話してくれる…


「あの…でも…わたしなんかじゃ…」


首元に回された瀬戸くんの太い腕にしがみついて、わたしは情けない声を出した…


〘お前、俺の彼女なんだし問題ないだろ〙


その一言に、わたしの心臓は壊れそうになるし、周りの女の人たちからは残念な声がそこかしこから聞こえてくる…


わたしはもうどうしていいか判らず、居た堪れないが瀬戸くんが抱え込んでるので、逃げたくても逃げれない…


〘ちょっと、ちょっと!

いい加減、彼女離してあげないと可哀想よ!トマトみたいに真っ赤じゃない!〙


リゼが抗議の言葉と共に、俺の腕をベシベシと叩いてくる…


〘わ…悪い…〙


俺は慌てて真古都を離した。


〘もう! 

瀬戸くんの いじわる!〙


紅潮する顔を両手で隠しながら店の中に逃げ込まれた…


女たちを黙らせる為とは云え、真古都には悪いことをしたかな…


〘何しょぼくれた顔してんのよ!

あんなふうに言ってるけど本当は嬉しいに決まってるから!〙


消沈している俺にリゼが気を遣って声をかけてくれる…


〘彼氏から自分が彼女だって宣言されて嫌な女の子はいないわよ!

この間は彼女の前であんな美人と商談して、なんて気の回らない男なのかと呆れたけど…今回はナイスね!〙


この女は全く…

褒めてるのか、貶してるのか…

だが有難かった。




もう! 彼女だなんて…恥ずかしい!


でも、瀬戸くんにはあんな言い方しちゃったけど、本当はそんなに怒ってる訳じゃなかった…


〘彼女宣言するなんて…君たち本当に付き合ってるんだ…〙


その声に、新たに心臓が跳ね上がった。

声のする方へ顔を向けると、いつも花を買ってくれる男性がガラスケースの前に立っている。


〘あ…あの……〙


わたしは突然で声が出なかった…


〘そう云えば…

僕、名前を言ってなかったね

エリク・ブラン よろしくね蜜蜂ちゃん〙


自分の名前を笑顔を見せて教えてくれる…

それも…わたしに近づきながら…


わたしの傍に来ると手を取ってその甲にキスをされる…

ゆっくり…唇でなぞるように指先へと這わせていく…


『や…やだ…やめて…』


躰が固まって動けない…


〘折角の女の子なのに…手も爪もこんなに荒れちゃって勿体無いなあ…

僕ならいつでも綺麗でいてもらうのに…〙


毎日色々な事で神経が疲れてしまうわたしは、他の女の子みたいに美容にまで時間はかけたくない…

それでも、手荒れを指摘されたのは恥ずかしかった…


〘僕のところへおいで…

あんな無骨な朴念仁より…ずっと素敵な夢を君に見せてあげるよ…〙


男の人がどんどん顔を近づけて話しかけてくる…

息が苦しい…



〘真古都からその汚い手を離せ!〙


その声と共に瀬戸くんが傍に来たかと思ったら、男の人を押しのけてわたしを自分の胸に抱き寄せてくれた。


〘彼氏の前で随分大胆な事をするな〙


俺は腸が煮えくり返る思いで男を睨みつけたが、相手は気にしていない様子なのが益々苛つかせる。


〘また君か…最近よくいるね…

あんな大っぴらに恋人宣言してたけど、

君には彼女に夢は見せてあげられないよ…残念だけどね…

それじゃあまたね 僕の可愛いひと〙


そう言って、あの男はまた真古都に投げキッスを贈って去って行った…


















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