第195話 不穏

 霧嶋真古都 21歳 2歳男児の子あり

昨年7月にご主人が他界

夫の死後精神に異常をきたし現在通院中

独居が難しい事から友人であり、

画家 瀬戸翔吾の担当者でもある辻宮暉のツテにより教会に同居することになる


〘ふーん…病人なんだ…〙


あんなにわたしのことをキツく言うから特別な関係なのかと思ったけど…

担当者の友人で病人を悪く言われたから怒ったのね…


ご主人を亡くしてまだ1年なら…

きっと淋しいはず…



〘有り難うございます〙

〘今日も綺麗な花を有り難う…〙


そう言いながら、わたしの手にキスをしようとするので、すかさずその手を引っ込める。


このお客さんは最近よく来てくれるひとなんだけど…

なにかと触れて来ようとするからわたしとしては少し困っている…


これが日本なら変な人で通報されちゃうんだろうけど…

ここフランスでは珍しくないから、やんわり断るしか方法がない…


〘明日もよろしくね〙

と、笑顔で投げキッスだなんて…


お花買ってくれるのは嬉しいけど…

ああ云うのはやっぱり苦手だな…



「真古都…」


名前を呼ばれて振り向くと瀬戸くんがいる。


「どうしたの? 随分早いね?」


そう言いながらも、瀬戸くんの顔を見たらなんだか胸の中に安堵感が広がった。




今日は先輩が早く帰って来た。

予定していた仕事がキャンセルになったからだそうだ。


先輩が子どもたちをみていてくれると言うので、いつもより早く迎えに来れた。


ところが、その時間のズレで思わぬものを目撃することになった… 


真古都の手を取ってキスをしようとしたり、それがダメだと投げキッスときた…


フランスこっちじゃあんなの日常的によく目にする光景だが、されてるのが真古都となれば話は違う…


俺は動揺した…


真古都は男が苦手だ…

過剰な程の嫌悪感を示す時もある…


だからって安心してて良い訳じゃないのになんて俺は迂闊なんだ…


俺や霧嶋みたいに、彼女と親しくなれる男が現れたっておかしくない…


ましてや、今の俺たちは付き合ってるわけでもない…ただの同居人…


彼女にとったら恋愛は自由だ…




「い…今のヤツよく来るのか?」


俺は動揺している自分をなんとか抑えながら訊いた。


「やだっ…恥ずかしい…

あの人最近毎日花を買いに来てくれるの…

だけど…わたし…男の人が苦手で…

おかしいでしょ?」


お前が男をダメな事くらい…ずっと前から知っている…


「気にするな、誰だって苦手なものの一つや二つある」


俺は真古都の頭を軽く叩きながら伝えた。


「有り難う…瀬戸くんて、いい人だね」


俺の言葉で、途端に笑顔を見せる彼女が堪らなく愛しい…


[いい人] か…

昔もお前は俺のことをそう呼んでたよな…


俺たちはまたそこからやり直していくんだな…



「真古都…心配なら明日は俺も店にいようか?先輩が当分家で仕事をするそうだから子どもたちは大丈夫だ」


「ホント? いいの?」


素直に喜ぶ彼女が何とも可愛らしい…


くそっ!

そんな顔で見られたら俺の心臓がもたないだろ!


まあ、どっちにしても真古都が仕事しづらいのも困るし…


ここに来て、鳶に油揚げだなんて事になったら目もあてられない!








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