第194話 愛しい人

 俺は資料など、これからは全てパソコンのメールで送ってもらうことにした。


爺さんからの呼び出しも、余程の事が無い限り行かなくなった。


行ったとしてもさっさと用件を済ませて帰って来るようにした。



〘それでは失礼する〙


〘なんだ翔吾、もう帰るのか?

たまにはゆっくり食事でもして行ったらどうなんだ?〙


帰ろうとする俺を爺さんが引き止めた。


〘いや、夕食は自宅で摂る事にしてるんで遠慮する〙


こんな所で他人と食べる飯より、子どもたちと一緒にアイツの手料理を食べた方が断然美味い…


〘孫娘から聞いたが君の家には女性がいるようだね?我々はビジネスパートナーだ…色々心配なんだ…話を聞かせてくれないか?〙


詮索するようなその態度に虫唾が走った。


〘心配には及びません。では…〙


俺は会釈を済ませると、さっさと爺さんの家を出た。


〘ま…待って翔吾〙


孫娘が追いかけてきて俺の名前を呼ぶ…

全く…鬱陶しい女だ…


〘なにか用か?〙


〘あの人はどうして一緒に住んでるの?

随分親しそうだったけど…

翔吾とどう云う関係?〙


当たり前の様にプライベートな質問をズケズケと聞いてくる…

少しも悪いとは思っていないその態度に嫌気がさす…


〘お前には関係ない…〙


〘翔吾…〙


素っ気なく答える俺の腕を彼女が掴もうとする…


パシッ!


俺は腕に触れようとするその手を振り払った。


〘えっ?〙


〘俺に気安く触るな!〙




〘な…なんでそんな顔をするの?

あの人にはそんな顔しないじゃない!

化粧もしない!着る物にも構わない!

あんな女のどこが良いの?!〙


その言葉に何かがキレた…


〘お前は何か勘違いしてないか?

化粧や、良い服を着る事が女の価値だと思っているなら価値観の相違だ…話にならない…

俺の前に二度とその薄汚い顔を見せるな!〙


女の顔がみるみると怒りの表情に変わった。


〘男は綺麗な女がいいのよ!

わたしが薄汚いなら

あの女はドブネズミじゃない!

わたしとあの女と一体どこが違うって云うの!〙


俺は怒りを通り越して、今まで仕事とは云え自分の時間をこんな女に使って真古都を泣かせたのかと思ったら、そっちの方がよっぽど悔しかった。


〘アイツは自分の価値観で相手を値踏みして愚弄したりはしない…

自分の感情を優先して俺を否定することもない…

いつも相手の気持ちを1番に考えるヤツだ…〙


俺は戸惑いの表情で見つめる女をそのまま置き去りにして家路を急いだ。




「しょうおくぅ おしょいねえ」

「ご飯一緒に食べるって言ったもん大丈夫だよ」


わたしは夕食の用意をしながら子どもたちの話しを聞いている。


瀬戸くんが夕食は家で摂るって言ってくれた…

わたしはみんなの為に一生懸命心を込めて作る…


今が凄く幸せだ…

瀬戸くんの傍だと安心して暮らしていける…


そのままのわたしを大事にしてくれる…

わたしがわたしのままでいられる…


少しでも長く瀬戸くんの傍にいられたらいいな…

瀬戸くんが…凄く愛しい…



鐘の音と一緒に扉の開く音がする。


「ただいま!」


その声に向かって子どもたちが飛びついていく。

わたしの胸の中が温かいもので一杯になってく…


「瀬戸くん おかえり…」

「真古都…ただいま」


「今日は蓮根の金平と魚の煮付けだよ」

「俺の好きな物ばかりだ…有り難う…」


「すぐ用意するね…

螢ちゃん、お父さん呼んできて…」

「はーい」


真古都が嬉しそうな笑顔で夕食の用意をしてる…


泣かせてばかりいるのに


真古都はいつだって俺のことを考えてくれて


俺はお前の優しさに甘えてばかりだな…




瀬戸くんが約束通り帰って来てくれた…


お仕事で色々大変なのに…


わたしのことを気遣ってくれる気持ちが


切ないくらい嬉しい…
























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