第193話 不安

 なんだか落ち着かない…

新しいアレンジを作ろうと思ったのに…


瀬戸くんの取引している画商のお嬢さんがウチを訪ねてきた時、わたしをメイドと間違えたから彼が怒って出入り禁止にしてしまった…


彼女には悪いけど…あんまり関係の無い女の人にウチを出入りして欲しくなかった…


だけど…取引先の人だから…私なんかが我が儘言えない…


お仕事だって判ってるのに…

あんなに可愛らしくて…

綺麗なひとと会ってるのかと思ったら何故かつい気になる…


自分でも変だと思う…


教会に来れなくなった彼女は、わたしの花屋に1度訪ねて来た…


困惑しているわたしの様子を見て、瀬戸くんはそれも断ったら、今度は電話で呼び出すようになった…


瀬戸くんの携帯が鳴る度に心臓がドキッとする…


今も表通りのカフェで会ってる…



「痛っ!!」


アレンジメントを作る台の上に赤い滴が落ちる…

わたしは花鋏で指を切ってしまった…


『何やってんだろ…わたし…』

自分で自分が情けなくなった…


今まではこんな事なかったのに…

わたしどうしちゃったんだろう…


瀬戸くんはお仕事の話をしているだけだって判ってる筈なのに…


ゴミを捨てに行ったらリゼがまたサボってそこにいた。


〘ねえ、マコト あの女だれ?〙


リゼがいきなり訊いてきた。

わたしが答えに困っていると、お店での様子を教えてくれた。


〘結構いい雰囲気で話してんのよ…

わたし…てっきりあのイケメンくんはマコトと付き合ってるんだとばかり思ってたんだけどな…あんな美人が相手なんて勝ち目薄いよね…〙


わたしは何だか悲しくなってきた…

わたしと瀬戸くんはそんな関係じゃない…


瀬戸くんはわたしに優しくて親切だけど…

それは、わたしが先輩の知り合いで…

わたしが病気だから…


瀬戸くんだって本当はちゃんとした恋人が欲しいと思ってる筈だもん…


瀬戸くんだって男の人だから…

あんな綺麗なひとが傍にいたら好きになってしまうかもしれない…


わたしはあのひとが苦手だ…


瀬戸くんを

熱を帯びた瞳で見つめないで欲しい…

甘い声で話しかけないで欲しい…

甘える仕草で近づかないで欲しい…


瀬戸くんがあのひとを好きになったら…

きっとわたしみたいなつまらない女…

構ってなんてくれない…

恋人だけを大事にする…

瀬戸くんはそんなひとだ…



「う…うう…」


ダメだ…こんな事を考える自分が嫌だ…

嫌だけど…


瀬戸くんがあのひとと一緒にいると思うと胸が苦しくて堪らない…


「うっ…うっ…

瀬戸くん…早く帰って来て…

あのひとの傍になんかいないで…」


ダメだ…涙が止まらない…




「真古都…?どうしたんだCLOSEの札出したりして…」


泣いてたら瀬戸くんが帰って来た…


「ゆ…指を切ってしまって…」


わたしは慌てて泣いてる理由を指の所為にした。


「お前は全く泣き虫だな…見せてみろ」


瀬戸くんが傷口を見て処置してくれる。

良かった…泣きながらあんな恥ずかしい事言ってるの聞かれなくて…



店に戻ってくると、ドアのところにCLOSEの札がついてる。


不思議に思って静かに入って行くと、店の中には誰もおらず、そのままバックヤードに近づいて行った。


バックヤードの傍まで来ると泣き声が聞こえてくる。


「瀬戸くん…早く帰ってきて…

あのひとの傍になんていないで…」


泣きながら真古都が苦しそうに想いを吐き出している…

すぐにでも駆け寄ってやりたかった…


苦しそうに喘ぎながら泣く真古都への罪悪感と、そんな想いをさせてしまった自分への怒りで躰が動かなかった…


だが、それ以上に俺の心臓は

爆発寸前の時限爆弾のように鳴り響く…


おれは相変わらず間抜けな男だ…

もう二度とお前を不安にさせないとあの時誓った筈なのに…


こんな…出来の悪い男で…ごめん…

どうしようもない不安が俺を襲う…


虫の良い願いだが…どうか…

こんな俺に愛想を尽かして嫌ったりしないでくれ…




「どうだ?もう痛くないか?」


こんなヘマばかりする自分が情けなくて…お前に嫌われないか心配で仕方のない気持ちを、なんとか平静な顔で隠して指の傷口の処置をした。


「瀬戸くんが治療してくれたから…もう平気」


俯いて話す真古都が愛しかった。

この手を握っていられるなら俺は何だってする…


「今日はもう店じまいだ…子どもたちを連れて遠回りして帰ろう…」


俺は不安になる気持ちを紛らわせようと、真古都と子どもたちを連れて、散歩しながらゆっくり帰った…





 




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