第190話 出展に向けての想い

 絵は順調に売れていた。

フランスでの共同出展も影響してか、日本でもネットを通じて申込みがきてる。


爺さんのところとは、独占販売の契約であって、新作を優先に提供する訳じゃない。


今も、夏に開催する共同出展に向けて描いているが、新作の発表はあくまでも画廊のホームページが最初だ。



「真古都、明日は仕事で人に会わないといけないんだ…」


俺は出展の話で爺さんから呼ばれてるので真古都に伝えた。


「大丈夫だよ…お仕事なんだから気にしないで行ってきて」


真古都は笑顔を見せて言ってくれる…


「明日は大事な日だから、なるべく早く帰って来るよ」


その言葉に真古都は一層嬉しそうな顔になった…


「有り難う…!」



夏の開催に向けて、何かと爺さんからよく呼ばれるようになっていた。


俺としてもこの夏の開催を機に、心に決めていることがあった。

その為、何としても成功させたい想いもあって、殆どがムダ話で終わるような召集に内心辟易しながらも付き合った。


ところが、その日は急な用で出かけていたので、日を改めて来ると伝えたが、待っていてもらうように言付かっているとかで引き止められた。


いつも爺さんと一緒にいる孫娘が接待してくれているが俺としては一刻も早く帰りたかった。


〘あ…あの…珈琲さめてしまいましたね。

新しいのをお持ちします〙


孫娘が手付かずの珈琲を下げようとするのを止めた。


〘構わない…それより爺さんはまだなのか?〙


かれこれ3時間になる…


〘もう…戻ると思うので…あと少しお待ちください〙


そう言って部屋を出ていった。

くそっ!

用があるなら別の日でも良いだろうに!


俺は理由わけの判らない質問ばかりする女と待たされ腹の虫が治まらない。


時計の針が17時を打ち始めた。


俺は部屋を出るとそのまま玄関に向かった。

1階の広間の前で、丁度話をしてる爺さんと孫娘に会った。


〘すまない翔吾、

随分待たせてしまったな〙


爺さんが悪びれる様子もなく俺に声をかけてくる。

その態度にもカチンときた。


〘お詫びに夕食をご馳走させてくれないか?〙


これだけ待たせた挙げ句にまだ引き留めようと云うのか?


〘悪いが今日はこれで失礼する〙


俺は爺さんの申し出を断った。


〘孫娘が失礼をして気を悪くさせたんじゃないかと心配しているんだ。孫のためにも一緒に食事をしてやってくれないか?〙


ふざけるな!なんで俺が爺さんの孫のために自分の時間を使わなきゃならない!


〘こっちにも予定がある〙


玄関に向かおうとする俺に尚も声がかけられた。


〘その予定は変えられないのか?〙


この爺さんはどこまで厚かましいんだ!


〘俺にとっては何よりも大事な予定だ〙


あとは脇目も振らず1秒でも早く家に着くように努めた。



家に着いたのは20時をまわっていた。


「真古都、遅くなってすまない!」


真古都は誰もいない食堂に座ってた…


「悪い…少し…長引いて…」


謝る俺に、真古都は近づいてきてくれた。


「お仕事お疲れ様…御行くん」


泣きそうな顔で笑う真古都がどうしょうもなく愛しくて…約束を守れず遅くなった事が申し訳なかった。


「ホントに…悪かった…数真の…誕生日だったのに!」


俺はこんな約束も守れなかった事が情けなかった…


「気にしないで…御行くん…仕方ないよ」


真古都の言葉が、何故か俺には他人行儀な突き放されたような言い方に聞こえ、

思わず彼女を抱き締めた。


「そんな言い方やめてくれ! 

真古都…俺は…

俺は…御行じゃない…

俺の本当の名前は瀬戸なんだ!」


“御行くん”と呼ばれる度に、数真とは他人だと言われてるみたいなのが辛くて…

俺は後先も考えずに自分の名前を自ら暴露してしまった…!



お前の世界なかで“瀬戸翔吾”が実在しないなら、

実在させたかった!


今のままでは…御行のままでは

お前との距離も縮められない…


いつまで経っても…

俺は数真の父親にはなれない…


これ以上隠せなくなった…


御行翔ではなく

瀬戸翔吾としてお前に寄り添いたい…







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