第184話 フラッシュバック

 「何も無い…」

先輩は今、日本に帰っていていない。


雑誌社での仕事の調整や、実家にも用があって寄ってくると言ってた。


「はあ〜っ! 今日は数真と一緒に買い出しだな…」


ここ2〜3日は、先輩が買い足してくれた食材や作り置きのおやつでなんとかなったが、さすがに底が尽きた…



「あれ? 今日は数真くん背負わないの?」


数真を迎えに行った時に真古都から訊かれた。


「今日は数真を連れて買い出しに市場へ行ってくるよ。」


俺は数真を抱き上げて話した。


「そっかぁ…先輩…今、日本だもんね…」


真古都も心配してくれる。


「たまには数真と色々歩くのもいいさ」


俺はそう言って数真の首に寒くないようマフラーを巻いた。


「気をつけてね 行ってらっしゃい」


俺を見上げる真古都が愛しくて堪らない。

彼女の頭を撫でて数真と出かけた。


市場では、子連れの俺にどこの店でも親切にしてくれた。


〘おや、ほうず、お母さんどうした?〙

〘今日はお父さんと二人なの?〙


などなど…何処にいってもみんな数真に話しかけてくる。


〘あこしゃん おるすばん…おみしぇから出ちゃ…めーなの〙


数真としては花屋にいるからお留守番なのだと言いたかったんだろうが…

日本語も覚束ないのに、フランス語となると益々覚束ない…


〘お母さん…病院でお留守番か…可哀想になぁ…〙


…と、都合よく解釈され、どこでもよくおまけをしてくれた…


少し心が痛んだが、まあ、有り難く恩恵を受ける。



教会に帰ると、さすがに疲れたのか数真はそのままお昼寝タイムだ。

その間は俺も、数真の側でキャンバスに向かって絵を描く。


元々、霧嶋が亡くなって、真古都が自分の花屋に数真を連れて来ているのを見た時、勝手が変わって、精神的負担がかかる真古都が心配で数真を預かる事にした。


だが、こんなふうに、数真との穏やかな時間は俺を癒やしてくれる。


ある程度下描きが終わったので、そろそろ昼食とおやつの準備を始めた。


お昼過ぎ、目が覚めた数真を連れて中庭に出る。

今日のランチは中庭の端にある小さな東屋で摂ることにした。


小さく握ったオニギリをバクバク食べている姿はやっぱり見ていて飽きない。


あらかたオニギリを食べ終わると、数真はまたボールを持って走り出した。


俺は遊んでる数真を見ながらスケッチをする。

子どもの動きは、保育園で仕事をした時も思ったが、本当に面白い。



わたしは、長い一本道を教会へ向かって歩いている。


今日はお花の売れ行きも良かったし、途中の街頭で美味しそうなパンも売ってたから買っちゃった…


以前来た時、いつも話をしない御行くんが声を出して話してるからビックリしちゃったな…


寡黙で慣れるまで中々自分からは話さない人だって先輩が教えてくれた…


だけど…あれ以来少しづつ話をしてくれる…


わたし…御行くんから少しは信頼してもらえるようになったのかな…


教会が近づいてきた。

数真くんが中庭で楽しそうに遊んでる…


数くんがいなくなって淋しいのか、どんどん我が儘になったけど…

先輩や御行くんがよくしてくれるから最近は聞き分けも良くなった…


教会の門を入ると、走り回ってる数真くんの傍に御行くんを見つける。


「ごぎょ…」

声をかけようとしたけど、急に声が出なくなった…


あの…後ろ姿…


数真くんを見ながらスケッチしてる…

あの…広い背中…

確か…何処かで…


ダメだ…思い出せない…



「あこしゃん」


数真のその声に振り向くと、正門を入った所でしゃがみこんでいる真古都が目に入った。


「真古都っ!」


俺は慌てて彼女に駆け寄った。


「どうした?! 具合悪いのか?!」


背中に腕を回し抱き寄せた。


「ご…御行…くん…?貴方…一体…誰?」


そのまま気を失った真古都を抱えて俺は教会の中に入った…



……頭が…痛い…


「目が覚めたか?」


薄っすら目を開けると、心配そうな顔がわたしを見ている…


「だ…誰…? 翔…くん…」


ダメだ…頭が…ハッキリしない…


「真古都! 大丈夫か?」


その声でようやく目を開けた…


「良かった…何か飲むか?」


ベッドから躰を起こそうとするわたしを御行くんが支えてくれる。


「ご…御行くん?」


「ん? どうした?」


優しい御行くんの顔がある…

良かった…御行くんだ…


わたしは…誰と間違えたの…?









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