第182話 届いた声

 週2回、市場から新しい花が届く…

入荷の手伝いをすれば、その間は真古都と一緒の時間を過ごせる。


何度か通う間に数真も可成り懐いて、近頃は俺の周りを纏わりつくようになった。


「おぅおぅくー だっこぉ」


数真が甘えて抱っこをせがむが、

店の準備をしていたり、ダメな時は首を振って伝える。


「だっこぉ!」


聞き分けなく数真がぐずり出した。


「こらこら…数真くん…今お仕事してるよ」


「やーっ だっこぉ」


真古都が哀願するように俺を見るが、手を振ってダメな事を伝える。


真古都は仕方なく数真をバックヤードに連れて行く…


水と花の入った容器を移動させるのは重労働だ。真古都にはさせられない。


俺はその作業が終わってから数真のところへ行く。


不貞腐れてそっぽを向いているが、抱き上げると途端に笑顔に変わる。


「おぅおぅくー」


最初はこの作業だけを手伝ったら帰っていたが、数真が帰る俺の後を追うようになって来た。


入荷日の作業後、1〜2時間の散歩が結局今は、昼間教会で毎日数真を預かっている。


3時に店を閉める頃、数真を花屋まで送って行くのが俺の新しい日課になった。


少しでも真古都の傍にいたくて始めた手伝いが、今では1日の大半を数真と過ごしている。


「数真、ご飯の前には手を洗え」

「数真、オシッコ教えられたな、偉いぞ」


真古都がいないところでは数真にどんどん話しかけた。


声掛けする俺に、最初は戸惑っていた数真も、二人の時だけ俺が話すと云う、変なゲーム感覚で納得しているようだ。


「数真、おやつの前にボールを片付けろ」


「うー やーっ」


数真が片付けをしようとしない。


「ボールを片付けて 手を洗え」


俺はもう一度声をかける。


「うーうう…やーっなのおぉ!」


数真はボールを離さず泣き出した。


「数真…」


声をかけるが泣きやまない…


「おやおや…泣き声に来てみれば…

どうしたんだカズ…」


先輩が数真を抱き上げて話しかけた。


「御行とボール遊び楽しかったか?」

「うー うー」


「でも、もうおやつの時間だろ?」

「おぅおぅくーとー」


「御行ともっとボール遊びがしたかったのか?」

「うー うー」


「なら明日もボールで遊んでもらえ…

おやつはカズの好きなリンゴの蒸しパンだぞ…食べるだろ?」

「食べうー 食べうー」


「よしよし…いい子だな…」



俺は二人のやり取りを見て呆気にとられて言葉も出なかった。


「瀬戸、もっと肩の力をぬけ…

子どもには子どもの言い分もある…

自分の子どもとして育てて行く気なら尚の事だぞ…」


数真は先輩の声掛けで機嫌よくボールを片付け、手を洗うとニコニコ蒸しパンを食べている。


「いかうしゃんも どーぞぉ」

「はい、有り難う…」


数真を預かるようになって判ったが、先輩は子どもへの接し方が上手い…


あれじゃまるで先輩の方が父親みたいじゃないか!


「おぅおぅくーも あい…」


数真が蒸しパンをひとつ鷲掴みした手を、

俺の方へ差し出している。


「はい、どーも」


俺は半分潰れた蒸しパンを食べた。

先輩は子どものおやつも上手に作る。


「どうだ?美味いだろ?」


先輩が聞いてくるが素直に美味いとは言いたくない…


「なんだ、素直じゃないな…」

「ないなー」


なんだよ二人して!

俺は面白くないのでもう一つ蒸しパンをかじった。


「美味いなら美味いって言えばいいのに」

「おー」


「食ってんだからいいでしょう!

不味かったら食べませんよ!」


俺は益々面白くない…


「やっぱり美味いんじゃんなー」

「なー」


「うるさいぞ!二人とも黙って食べろ!」



「あ…あの…」


えっ?!


その声に俺も先輩も一斉に入口を見た!


「ごめんなさい…声かけたんだけど…

返事がなくて…こっちで声がしてたから…

御行くんが…話てるの初めて聞いちゃった…」



自分たちの家で、俺も先輩も油断してた…


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