第181話 新たなる対抗馬

 毎朝の日課で街まで走る。

当然、走るルートには真古都の家と花屋がある。


その日は、前の日から描いていた絵が中々納得がいかず、そのまま朝方までかかってしまった。

9時過ぎになって教会を出るといつものルートを走り出した。


真古都の花屋まで来ると、店の前にトラックが停まっている。

見ると、配達人がトラックから降ろした花を真古都が店の中に運んでいる姿が見えた。



俺は急いで駆け寄ると、真古都の代わりに花を受け取り店の中に運んだ。


「ご…御行くん?」


受け取った花は、真古都があらかじめ用意してあった水の入った容器に入れていく。


真古都がそれを所定の場所へ動かそうとしているので俺が代わって運んだ。


丁度、花の仕入れ日だったようだ。

真古都はこんな作業を毎回しているのか?


俺は花の入荷が何曜日の何時かメモ用紙に書いて訊いた。


「火曜と木曜に…大体9時から10時くらいにきてくれるの…」


こんな作業を週に2回も…

俺は手伝いに来ると書いた。


「えっ? 御行くんだってお仕事あるんだから悪いよ…」


遠慮する真古都に、

“一人より二人の方が負担が軽い”

と伝えた。


「有り難う…」


真古都は含羞はにかんだ笑顔を向けてくれた。



「あー あこしゃん…」

バックヤードから声が聞こえる…


「はいはい…」


バックヤードに入って暫くすると、真古都は小さな男の子を抱いて出てきた。


真古都の子どもをこんな間近で見たのは初めてだった…


「今まではね、旦那様が数真くんを見ててくれたんだけど…

遠くに行っちゃったから…

今はわたしが連れて来てるの…」


彼女に抱かれた子どもは、確かに霧嶋によく似た顔立ちで、同じ瞳の色だった…


「数真くん…御行くんだよー」


真古都が子どもの手をゆすりながら教えている。


「おぅおぅ…?」


「うん…ごぎょうくん」


真古都がもう一度ゆっくりと教える。


「おぅおぅくー」


そう言いながら俺の方に手を伸ばすと、いきなり俺の顔をペチペチと叩き始めた。

その時になってようやく気が付いた…


『しまった!』


俺は今、日課のトレーニングで走ってる最中だった…


当然顔を隠す眼鏡をかけていない…


「もう、数真くんはー ごめんね御行くん…」


俺は慌てていた。片方の手で口元を隠し、もう片方の手で大丈夫だと意思表示した。


「やだな…御行くんてば…

顔見られるのやなの? そんなにカッコいいのに勿体無いなぁー」


カッコいいなんて言うなよ恥ずかしい…

全くお前は…他人ひとのことはやたらと褒める癖はまるで変わってないな…


「あこしゃん しゅき…」


「はいはい…お母さんも好きだよ」


真古都の子どもが彼女に抱きついてる…


「旦那様がわたしのことを“真古都さん”って呼んでたから…“お母さん”の前に名前呼びになっちゃって…」


真古都は少し困り顔を見せて笑ってた。



真古都の子どもは可愛いかった…

大分歩けるようになってはいるが、バランスを取りながら歩く姿はペンギンのようにも見える。


「おぅおぅくー」

何度も逢ううちに、俺を見ると駆け寄ってくるようになった。


ところが、俺と真古都がお茶を飲んでたり近い距離にいると必ず間に入ってくる…


「あこしゃん しゅき…」


やれやれ…

俺にとっては新たな対抗馬ってわけか…


これが憎めないから

霧嶋よりよっぽど手強いな…





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