第180話 過ぎた日の思い出

 ホテルから教会に居場所が移ったのを機会に、日課だった筋トレを再開した。


朝、少し早く起きて朝食前に街まで走って帰って来る。その後腹筋等のメニューをこなす…



「…ったく、まさかお前の趣味が筋トレとは思わなかったよ…

ストイックにメニューをこなす姿なんぞ想像もつかなかったからな…」


先輩が1階の俺の部屋に来て皮肉を漏らす。


「なんです…勝手に部屋に入って来てヒトの日課にケチつけないで下さいよ…」


全く…プライバシーもヘッタクレもあったもんじゃない!


「朝飯の準備が出来た…さっさと食堂に来い」


先輩はそれだけ言うと戻っていった。


俺は急いでシャワーを浴び、着替えて食堂に入った。


スープの良い香りがする…


朝食もそうだが、独身の先輩がこれ程料理をするとは思ってなかった。


「相変わらず あざやかですね」


俺は素直に先輩の手際の良さを褒めた。


「thanks!どれも必要に迫られて覚えたものばかりだ…」


確かに独り暮らしでもバランスの良い食事がしたいと考えればそうなのだろうが…


とは云え、俺も実家では親父と二人だったし、多少料理の心得もある。


先輩との共同生活で食に困る事は無かった。



「それで…何かいい考えでも浮かんだか?」


先輩が食事をしながら俺に訊いて来た。


「さっき、腹筋しながら考え事してただろ?」


相変わらずそう云うところは変に目ざとい…


俺は少し言葉をためてから吐き出した。


「医者が…言ってたじゃないですか…

安心出来る関係性を築けって…」


皿の上に視線を移したまま続ける…


「自分の限界を伝えられないアイツに、

俺は無理をさせてきたんじゃないかって…

そんな俺が、どうやったら俺の傍で安心させてやれるのか…」


俺とアイツは付き合ってるから始まった…


だから…彼女が彼氏に普通にするような事は何一つ無かった…


何かを強請る事もない…

無理を言った事もない…

我が儘を言った事もない…


俺がする事に文句を言った事もないし…

逆らった事もない…

嫌な顔一つせずいつも応えてくれる…


俺はそんなアイツに甘えていたのかも知れない…


「お前は大丈夫だ」


先輩の言葉に俺は顔をあげた。


「高校の時…俺が初めてあいつを連れ出した事があったろう? 覚えてるか?」


「は…はい…」


いきなり何の話しだろうと思った。


「あれは…多分お前に男として嫉妬したんだ…」


「えっ…ええ?!」


何の事か訳が解らなかった。


「俺さ…昼休みにお前らが裏庭でメシ食ってるの見かけた時…あいつが笑ってて…」


先輩が懐かしそうに話すのを俺は黙って訊いていた。


「普段、部活で見せるような作り笑いじゃなくてさ…お前を見ながら物凄く可愛く笑ってたんだよ…

それ見てさ、この1年は自分の女にこんな笑顔をさせられる男なのかと思ったら…

なんだか悔しくなって…泣かせてやりたくなったんだ…」


………はあ?

先輩の話にその時の事を思い出し急に腹が立ってきた…


「先輩あの時、真古都に手を出そうとしてましたよね?!」


「うるさい! 出さなかっただろっ!」


偶々たまたまでしょう!」


「過去の事だ!

そんな昔話にいちいち根に持つな!」


「先輩が先に言い出したんじゃないですか!」


「うるさいっ!

とにかくお前は大丈夫だっ!

お前の傍でどれだけあいつが幸せそうな顔をしてたか俺はよく知ってる!

そうでなければ俺は…」


いきなり言葉がつまった…


「お前はすぐに自分を責めるが

悪い癖だぞ!そんな暇があったら彼女の顔でも見に行ってこい!」


先輩はそのまま自分の部屋へ上がってしまった…


先輩の言いかけた言葉に胸がつまされた。


「先輩…有り難うございます」


俺はいなくなってしまった先輩に向かって頭を下げた…








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