第179話 遠く遥か

 先輩が真古都を病院に診せた事で、病状もこれからの対策もわかってきた。


俺と先輩は、仕事で暫くフランスに滞在することを真古都に告げた。


「本当?2人共こっちにいるの?」


真古都が驚いたように訊いて来た。


「そうだ だから病院にも一緒に行ってやることが出来るから心配しなくていい…」


彼女は、俺と先輩を交互に見ながら、安心したように微笑んだ。


「嬉しい…先輩、有り難うございます。

御行くんも有り難う…

今まで不思議だと思ってたことが病気だったなんて…でも…2人がいてくれて…

心強いです…あの…だけど…」


真古都の言葉が少し重くなる…

こんな時、中々次が言えないのを俺は知っている。


俺は彼女の頭に手を置き撫でてやる…

そうやって心を落ち着けさせると、

次に言いたいことを話してくれる…


そんな動作に驚いて真古都は俺を見る…


俺は髭を剃り落とした時、それまでの俺自身と決別したんだ…


いつまでも

〘御行翔〙のままではいられない。


もう、いつ俺が〘瀬戸翔吾〙だと

気付かれても構わないと開き直っていた。


「あ…あの…わたし病院には行きません」


俺も先輩も耳を疑った…


「あの…あの部屋…怖いんです…

あの部屋にいたら…自分が…

自分で無くなりそうで…」


俺と先輩は顔を見合わせた…


「真古ちゃん…判った

君が納得するまでは無理に病院へ連れて行ったりしないから安心して…」


先輩の言葉に、真古都も安堵したようだった。


「そうだ真古ちゃん…

街外れの丘に古い教会があるんだけど…

あそこをウチの偏屈な画家の先生が買い取ったんだ」


「画家…?」


真古都はと云う言葉に反応を示した。


「ああ…気難しくて、口の悪いヤツだが良いヤツだから…真古ちゃんも今度遊びにおいで…俺と御行もそこにいるから…」


「有り難う…今度是非伺わせてください」


真古都はカウンセリングを拒否したが、

診察は受けてもらえた。


一歩前進だ!



「先輩っ! 偏屈な画家って何ですか!

言うに事欠いて気難しいだの…口が悪いだの…酷いじゃないですか!」


俺は真古都を送ったあと、教会に戻る車の中で先輩に毒吐いた。


「え? 本当の事だろ?

違うとでも思ってたのか?」


先輩は車を運転しながら澄ました顔で言いやがった!


「だ…だからって真古都にあんなふうに言わなくても…」


俺は面白くなかった…


「良いんだよ…あれで…」


先輩がそう返した…


「画家で…偏屈で…

気難しくて口の悪い男…とくれば

瀬戸、お前しかいないだろう?」


その言葉に気付かされた…

先輩はわざと真古都にそう言ったんだ…


「忘れていることを無理に思い出させる訳にはいかない…だけど、ピースの準備さえしておけば、そのうち自分で当てはめるだろう」


そうだ…

〘御行翔〙と〘瀬戸翔吾〙が同一人物だと

いつか気づいてもらわないと…


真古都…

これから先、どれだけ長くかかろうと

俺たちはずっと一緒だ…


一緒に未来を作って行こう…


一緒に歩いていく女がお前でなければ

俺の未来は何の意味も無い…



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