第177話 はじめの一歩

 霧嶋が亡くなったことを知った…


あの日…病院で俺はお前に酷い事を言った。

嘸かし俺を恨んで逝ったんだろうな…


何となく気になって…

葬儀の日様子を見に行った…


柩にしがみついて泣く真古都の姿と声が

俺の脳裏から消えない…


そんな真古都に俺は何をしてやれる?


悲しみにくれるお前のために俺が出来ることは何だ?



「瀬戸…あの男が亡くなって1か月だ…

そろそろ彼女を病院に連れて行こうと思う」


先輩が夕食の時言いだした。


「お前も…御行から瀬戸への戻り方を考えとけよ…」


そうだ…これからは閉じ込めてしまった俺への記憶を思い出してもらうんだ…


……?


「先輩…俺の顔に何か付いてますか?」


俺をじっと見てる先輩が気になって訊いた。


「お前…いい加減その髭剃らないか?」


先輩が髭を剃れと言いだした。


「で…でも、真古都に逢った時…」


俺は慌てた…いくら俺を思い出してもらいたくても、いきなり俺だと判ってもいけない…


「それなんだが、眼鏡と髭だと、先に髭を剃った方がいいんじゃないかと思うんだ」


別に好きで生やしてた訳じゃないが、イザ剃るとなると何だか複雑な気分だった…



ハサミと剃刀を持って洗面台に行く…


『まるで浮浪者だな…』


改めて鏡の中の自分を見て思った。


こんな得体の知れない俺を、いくら先輩の知り合いと紹介されたからって、今までよく普通に接してくれてたな…


いや…真古都はそう云うヤツか…


俺は真古都を失ってからずっと伸ばしっぱなしだった髭をさっぱり剃った。


彼女を手離し、後悔と失望の中、真古都への想いだけが纏わりつき…

五里霧中を彷徨っていた俺自身と決別する第一歩だった。



久しぶりに真古都の花屋に顔を出した。


「ご…御行…くんだよね…」


真古都が髭の無くなったおれをまじまじと見ている…


ま…まさかバレたか?


「やっぱり! 御行くん髭がない方が絶対カッコいいと思ってたんだ」


真古都は笑顔でそう言ってくれる…


久しぶりに飲む真古都の淹れてくれたお茶は美味しかった。



「御行くん…旦那様が亡くなったの…

ひと月前に…

御行くんは…色々…話とか訊いてくれて励ましてもらったから…

お礼を言わないとね…」


真古都が申し訳なさそうに話す…


「わたし…最初は悲しくて悲しくて…

毎日何も出来なかったけど、

旦那様が遺してくれた息子のために頑張ろうって決めたの…」


俺は複雑な心境だったが、これからは何があってもお前に寄り添うと決めた…


彼女の手を握り、力を込めた。


「有り難う 御行くん」


俺に向けられた笑顔が、堪らなく愛しく思えた。 


「葬儀の時…わたし…メチャクチャ泣いちゃって…」


知ってる…離れたところから見てたから…


「実はね…花屋も昨日から始めたばっかりなんだよ」


判ってる…毎日来てたから…



俺は紅茶を飲み終ると、花を選びに行った。

今日はどの花にするか…


何種類かが一緒になってる花束を買うと、その中からいつものように一本抜く。


真古都はその花を見て嬉しそうに微笑むと俺にその顔を向けてくれる。


「嬉しい! 有り難う御行くん」


真古都に渡したのはガーベラだった…


花言葉は【希望】


お前だけじゃない…

俺にとっても、これから先の未来に希望を持ちたかったから…

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