第174話 強さは愛だ

 「酷い顔だな…」

ここ何日かの俺を見ていて先輩が言った。


「ほっといて下さい…この顔は生まれつきです…」


俺は雑誌をめくりながら表情も変えずに答えた。




あの男に会って何を話したのか…


これまでの怒りで罵倒したのか…

彼女を返してくれと懇願したのか…

汚いやり方を蔑んだのか…


何にしても…は納得してない顔

だな…


目付きが悪くて横柄な態度はいつものことだが、今のあいつはそれ以上だ…


少し話題を変えるか…


「瀬戸、これからどうするつもりだ?」


画家として何か考えているのか…


「…家を買った」


その言葉に一瞬思考が止まった…!


「はあ?」


何考えてるんだ?話が噛み合わないだろ!


「いつ?」

「先週」


澄ました顔して答えるこいつに開いた口がふさがらない…


「何故?」

「欲しかったからだ」


益々意味が判らない…


「どう云う事か説明しろ」


こちらを見ずに、言葉だけで答えてるコイツから雑誌を取り上げた。


腹を立てるかとも思ったが、そんな事もなく、むしろ呆れたような顔で話しだした。


「爺さんの所で絵を売ることになったし…こっちでの拠点と云うか、寝泊まりする場所を確保しただけだ…」


確かに一理あるが、相変わらずやることが急だな…


「それで…何処に買ったんだ」

「アイツが住んでる街の外れ…」



ギャラリーの休館日、瀬戸が買ったと云う

古い空き家を見に行った。


「確かに空き家だが、教会じゃないか…

お前いつから宗旨替えしたんだ…」


建物は改修工事の最中だった。


「俺は神も仏も信じてない」


まあ、そうだよな…

お前が神に祈ってる姿など想像できん…


「工事はいつ終わるんだ?」


俺は建物の中を見て回りながら訊いた。


「今週で終わる」


「なら、2階の南は俺の部屋な…」


「はあ?」


「当然だろ…お前がこっちで仕事をする間、担当者の俺に部屋ぐらいあてがってくれてもバチは当たらないだろ…」


人嫌いで気難しいこいつが、自分の領分に他人が踏み込むのを良しとしないのは解っていたが、敢えて言ってみた。


「チッ…フランスくんだりまで来て、

まさか先輩と同居する羽目になるとは思いませんでしたよ…

全く…仕事の邪魔だけは止めて下さいよ」


当然断って来るだろうと踏んでいたのに、

思ってもみなかった一言だった。

そう話す瀬戸に面食らいながら俺も1階に降りて行った。




一週間後、俺と瀬戸は改修が終わった教会に拠点を移した。


日本での個展もそうだったが、瀬戸の絵はフランスこっちでも評判は良い。


ヤリ手のオーナーの事だ…今回の共同出展が終れば次の企画を提示してくるだろう…


彼女のこともそうだが、画家としての未来もかかってる…



「先輩…俺は…やっぱり間抜けです…」


荷物の整理も済んで一息ついた頃、

瀬戸が情けない顔で言い出した。


「霧嶋に、俺からの情だなんて言ったが…


俺のことが記憶から消えてる真古都に、迎えに行って拒絶されるのが怖かったんだ…


今の真古都は…霧嶋の妻君として幸せにやってるし…霧嶋のために尽くしている…

それを無理に連れてくれば

攫った霧嶋と同じだ…」


「瀬戸…それは違うぞ…

確かに、今の彼女にとってあの男との結婚生活は現実かもしれない…

だけどそれは無理に作られたものだ」


俺は迷っている瀬戸に言った。


「本当の記憶を取り戻していけば、今の現実はもろく崩れていく…

少しの水で消える砂の城と一緒だ…」


瀬戸の表情が変わっていく…


「彼女には辛いかもしれないが俺は元に戻してやりたい!

お前も同じ気持ちならこんなところで弱音を吐くな!」


俺はもどかしい気持ちを一気に叩きつけた。


「彼女が願うなら看取らせてやれば良い…

男なら、それくらいの器量があってもいいじゃないか!


それからでも遅くはない…

お前の手で彼女を取り戻せ!」





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