第173話 砂の城

 「数くん…?」


どのくらいそうしてたんだろうか…


真古都さんが僕を呼ぶ声で我に返った。


「どうしたの? ぼーっとして…

あ…素敵なカサブランカだね」


真古都さんがベッドの上にある花束を見て言った。


「む…昔の友達が…結婚したことを知ってお見舞いに来たんだ…」


僕は咄嗟に嘘をついた…


「そっかぁ…嬉しいね…カサブランカの花言葉は”祝福“だもんね」


真古都さんはカサブランカの花束を手に取って嬉しそうだ。


「真古都さんは…僕との結婚を祝福されて…嬉しい?」


僕は少し不安な気持ちで訊いた…


「そんなの当たり前でしょ」


真古都さんは僕の不安な気持ちをよそに、何でもない顔で笑って答えてくれた。




「とーたんっ とーたんっ」


家に着くと母さんに抱かれた数真が、

真っ先に手を伸ばしてくる。


「お父さんは退院したばっかりだからあとでね」


抱いてる腕から落ちそうなくらい騒ぐ数真に、母さんが諭すように声掛けする。


「あうっ とーたんっがいーのぉ!」


数真がぐずり出した。


「はいはい…おいで数真…」


数真は呆れる母さんをよそに、僕に抱っこされてご機嫌だ。


「とーたんっ しゅき…」



真古都さんも…数真も…

僕が大事にしてるものを…

先輩は全て持って行くつもりなんだ…


その頃には僕はもうこの世にはいなくて…

何も出来ないのを知ってて…


くそっ! くそっ! くそっ!


最後の最後であんな宣告するなんて!

今になって卑怯じゃないかっ!


真古都さんと数真をおいて逝く僕が、

どれ程断腸の思いでいると思ってるんだ!



「あうくん…あやく、あえっていて…」


数真が僕の顔を、小さな手でペチペチと叩きながら訳の解らない事を言い始めた…


「あうくん…わあしの…おばを…あなれあいれ…」


…?

それって…


「数真…数真…もう一度言ってごらん…」


僕は数真の頬を指で軽くつついて促した。


「おうー おー あ…うくん…あやくぅ…

あえって…いてー」


「うん…うん…」 

目頭が次第に熱くなってくる…


「あー あー あうくん…わあし…のぉ…おばを…あなれあいれぇ…」


「う…うん…よく言えたね…凄いぞ」


数真の頭を撫でながら…

僕は涙を止めることが出来なかった…



”数くん…早く帰って来て…“

“数くん…わたしの傍を離れないで…”


一人の時…

真古都さんはそんなことを呟いて

きっと泣いていたんだろう…


数真はそれを聞いていて…


何度もそんなふうに泣いたんだろうな…

数真が覚えてしまうくらいだから…


君にそんなにまで思って貰えてるなんて…

僕は…本当は酷い男なのに…


真古都さん…


嗚咽を漏らす僕を、数真が心配そうに顔を擦って見てる…


「あうくん…しゅき…あうくん…しゅき…」


「全くお前は九官鳥だな…」


今は相手の言葉をそのまま覚えてる数真が

僕は有り難かった…


流す涙と一緒に色々な思いが溢れて来た…




「数くん…おかえりなさい…」


僕が入院してる間は、1人で寂しかったんだろうな…


真古都さんはベッドの中で二人きりになると嬉しそうな顔で僕にしがみついてきた。


「やっぱり自分の家はいいね」


僕は昼間、数真の話す言葉を思い出して真古都さんを胸の中に抱きしめて言った。


「自分の家が1番良いよね」


笑顔で話す真古都さんの顔に、自分の顔を近づけた。


「君がいるから家が良いんだよ」


僕はそう告げる。

彼女はその言葉に笑顔がもれる…


「わたしこそ…有り難う…ずっと言いたかったけど…中々言えなくて…

わたしに…“家族”をくれて…有り難う…」


真古都さんが頬を染めて言ってくれる。


「わたしね、ずっと家族が欲しかったの…

誰でも持ってるのに…わたしにはなかったから…」


僕は数真が生まれてきたことに感謝した。


子どもが出来てなかったら…きっと今の関係は築けなかった…








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る