第172話 白銀の白鷺✕闇夜の鴉 後篇

 真古都が落とすしずくでテーブルに幾つもの水溜りが出来る…


「いつも…ごめんね…

だけど…御行くんにしか話せなくて…」


泣きながら俺に訴えている真古都の頭に、

そっと手を乗せて撫でる。


「あう…うっ…うっ…」


泣き虫なところはまるで変わらないな…


俺はもう少し真古都の傍によると、

乗せていた手を背中に変えた…


「お…お医者様も…熱は旅行で疲れただけだって…検査の結果も大丈夫で…うっ…」


真古都が涙をためて声をつまらせている…


「旦那様が…退院したいって言い出して…

火曜日に決まったんだけど…

旦那様は…旦那様は…自分の家で最期を迎えたいと思ってるから…その為に帰って来るの…」


そこまで言うと真古都は声をあげて泣き始めた…


彼女が涙でつまらせる度、軽く背中を叩いてやり、また撫でるを繰り返した。


コイツは本当は泣き虫だから…


泣く時はいつも俺の腕の中だった…

その度に今と同じ事をしてきた…



「でも…今日逢えて良かった…

わたし…旦那様の傍でお世話するから…

花屋も当分閉めるの…

今日逢えなかったら、直接伝えられなかった…」


真古都の躰がふらついて、前屈みに倒れそうになった。

俺は自分の胸で彼女を受け止めた。


「ごめんなさい…安心したら力が抜けちゃって…」


俺はまた暫く逢えない寂しさと切なさで

そのまま彼女の躰を抱き締めた…


その卑しい邪な気持ちを誤魔化すために

彼女の背中を叩いて慰めるフリをした…




「大丈夫か?」


先輩が心配して訊いてくれる。


「大丈夫だ! 問題ない!」


俺は呼吸を整えながら答えた。


「会場の方は心配するな…くれぐれも…

無茶だけはするなよ…」


これから戦争にでも行くような顔をしてる俺に、気遣う言葉をかけてくれた。


「手が後ろに回る様なマネはしませんから安心してください」


俺は自分を気遣う先輩に安心させるため、

無理に笑顔で答えた。


「判った! 

良くても悪くてもここが正念場だ!

気を付けて行って来い!」


「はいっ!」


俺は先輩に背中を叩かれ、ホテルを後にした。


向かうは…霧嶋が入院してる病院だ。


明日退院のため、その準備で今日真古都は午後から病院に行くと言ってた。


今なら霧嶋と二人で話ができる。



最後に霧嶋が俺のアパートに来てからもうすぐ2年になるのか…



病室の前に立ち、息を深く吸って吐いた…


軽くノックをして入る…

ドアの近くにあるパーティションの奥へ進むと、上半身を起こしている霧嶋と目があった。


「先…輩…?」


霧嶋の俺を見る目がキツくなる。


「よく判ったな」


俺は上半分に色の入った眼鏡を外して言った。


「どれだけ憎らしい思いで先輩を見続けて来たと思ってるんです…

相変わらず、ヒトの病室に突然入ってくるのがお好きなようだ…」


霧嶋が、俺を真っ直ぐに睨みつけて話している。


「お前の減らず口も相変わらずだな…」


俺は静かに返す。


「こんなところにまで来て、一体何のようです?

真古都さんを攫われた恨み言でも言いたいんですか?

罵声をあびる覚悟ぐらいこっちにだってありますよ…」


霧嶋は俺を睨みつけたまま言った…


「恨み言…そうだな、お前の所為で散々煮え湯を飲まされたからな」


俺は静かにベッドへ近づくと、カサブランカの花束を投げてやった。


「結婚したんだろ?祝福してやるよ」


「こんな物持って来て!

何が…言いたいんですか!僕に文句が有るなら怒鳴るなり、殴るなりすればいいじゃないですか!」


霧嶋が声を荒げて吠えた。


「それで気が済むなら俺もそうしたいさ…ところが、お前から受けた辛苦はそんなもんじゃ収まらないんだよ!」


俺も強い口調で言い返した。

そのあと、ひと呼吸おいて、また静かに話し始めた。


「好きな女に看取ってもらうのがお前の希望のぞみだったな…

精々、残りの時間を大事にすることだ…

それが…お前にくれてやる最後の情けだ」


霧嶋の顔が悔しさに変わっていく。


「情けついでに、もう一つ教えといてやる。

真古都の子ども…あの子にはいずれ…

俺を父親と呼ばせる…」


「そ…そんな事させるものか!」


子どもの話をされ顔色が一気に変わった。 


「お前が出来ない事を代わりにしてやるんだ…有り難いと思え…

お前は安心して天国でも地獄でも…

好きな方に行ってくれ」


俺が散々味わった辛酸を残りの間、

お前も舐めろ…


どんなに足掻いても、欲しくても、お前には絶対手に入らないものだ


俺はお前が騙して盗んでいったものを返してもらう…ちょっとしたと一緒に…










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