第170話 決意表明

 真古都さんが僕の腕の中で眠っている…

彼女の少し乱れた髪が昨夜の出来事を思い起こさせる…


『真古都さん…僕の…真古都さんだ!

誰にも…誰にも渡さない!』


僕は自分の気持ちを、もう一度自分に言い聞かせた。


ここまで来たら後戻りはできない…


どのみち…

友達を裏切ってまで得た幸せだ…


今更…汚いことの一つや二つ

増えた所で僕の罪は消えない…


それならいっそ、どれだけ憎まれても

この幸せを手離すものか!



「数くん…」


真古都さんが僕を呼ぶ…


「おはよう 真古都さん」


僕はおはようのキスをする…

ゆっくり時間をかけて…


唇を離すと含羞んだ彼女の顔がある…


日本にいる間は、どんなに心を砕いても、中々僕を受け入れてくれなかった…


フランスこっちに来てやっと

少しづつ受け入れてくれるようになってきたんだ…


僕はずっと…

君を僕だけのものにしたかった


僕がどれ程想いを寄せても

決して君は振り向いてくれなかった…


それだけの強い想いを、僕にだけ向けて欲しかったのに…


真古都さんを傷つけてしまったけど、

やっと君を手に入れたんだ…


絶対に渡したくない…



「真古都さん、今日帰る前に1か所寄りたいところがあるんだけど、一緒に行ってくれるかな?」


僕は彼女の髪を撫でながら訊いた。


「勿論だよ…数くんが一緒に行って欲しいなら、どこにでも行くよ」


真古都さんが優しい笑顔を向けてくれる…

この期に及んで

君まで失ってたまるものか…




俺は、他の新人画家と一緒に、爺さんの持つギャラリーで1か月展示販売することになった。


俺の区画は柏崎が全て配置から飾り付けまでやってくれた。


どれも俺の絵を効果的に見せている…


売上の方も予想以上だった。

やはり大手の宣伝効果は大したものだ。


しかも手頃な値段の版画だけでなく、フランスの街並みを描いた風景画が、開催されてまだ1週間なのに3点も売れている。



「おいっ! 瀬戸!」


事務所から戻って来た先輩が慌てている。


「ちょっと来い!」


走って来た先輩は息つく間もなく、俺を裏の控え室へ連れて行った…


「どうしたんです先輩…そんなに慌てて…」


「お前こそびっくりするなよ!」


不思議な顔で見る俺に先輩が強い口調で早口に言った。


「あの男が来てるんだ…しかも彼女を連れてだ…」


その言葉に俺の躰が一瞬石のように固まった。


「ま…まさか…霧嶋?」


ありえないと思った。

いくらなんでも彼女を連れて、

共同出展とは云え堂々と俺の絵画展に来るなんて…


一体どんな神経してるんだ!


俺と先輩は自分たちの区画が見える非常用の通路に上がり、暫く様子をみた。


「おい…来たぞ」


教えてくれた先輩の声が心なしか憎々しげに聞こえる。


中二階に位置する通路の硝子越しに見下ろすと、仲良さそうに歩いている二人を見つける…


真古都を見ながら

霧嶋といる時はあんな顔をするのか…

そんなことを思っていた…


すると真古都が…ある絵の前で止まった…


あの…の絵だ…


ウチのイメージボードだから非売品だが、

今回は特別に展示だけしてある。


絵を見つめる真古都の姿に俺の胸はどうしようもなく苦しく高鳴る…


霧嶋の方は絵には興味なさそうだ…

そりゃあそうだろう…

お前の目的は絵じゃないだろうから…


霧嶋あいつは俺たちが近くにいることに気づいているのだろうか…


そう思った時だった


絵を見ていた真古都に近寄ると、あの絵の前で霧嶋は真古都を抱きしめ、

俺に当てつけるようにキスをし始めた!


「あいつっ!」


飛び出そうとする俺を先輩が必死で止める


「待て! 真古都がいる前で出て行ったらダメだ!」


「だけど! だけど先輩!」


先輩の腕を振りほどこうと、もがきながら叫ぶ!


「お前の気持ちも判る!

悔しいのは俺も一緒だ!

だが、今は堪えろ瀬戸!!」


先輩に押さえられ動けない俺は

ただただ悔しさに耐えるしか無かった…


「く…くそっ!」


怒りの矛先が目の前の床に代わり、

何度も拳を床に叩きつけた。









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