第164話 まごころを君に…

 「御行くんいらっしゃい」

真古都が笑顔を向けながら、彼女が淹れた紅茶を置いてくれる。


「御行くんも、先輩も、こっちにお仕事で来てるんでしょ?大変だね…

それなのにいつも寄ってくれて有り難う」


真古都が向かいの席で言った。

俺は軽く頭を下げる。


「旦那様はハーフだけど…お義母さんが日本人だから、家では殆ど日本語なの…

わたしも最近、やっとこっちの言葉が少し解るようになったよ…」


真古都は含羞んだ顔で笑ってる。


見るとテーブルの上で握っている手の指を、絡めたり、擦り合わせたりしている…


真古都が困ったり、迷ったりしている時に良くする動作だ。


俺は少し考えてから、そっと彼女の組み合わさった手の上に自分の手を置いた。

そして…少し力を入れて握る…


びっくりして俺を見る真古都の顔が何とも云えず可愛くて笑ってしまいそうになる。


「御行くんは優しいね…」


真古都が俺を見つめて言ってくれる…


彼女は再び俯くと、暫く沈黙が続いた後

ゆっくりと話し始めた。


「旦那様の…体調が良くないの…

わたしの旦那様は…大きな病気を抱えていて…いつ…どうなるか判らなくて…」


霧嶋を案ずる言葉が、頬を伝うしずくと共に声を震わせて紡がれる…


「わたしも…病気のことを知ってからは覚悟してた筈なのに…」


テーブルの上に真古都が落とした水滴が広がっていく…


「だけど…この間…旦那様が吐血した痕を見たら…」


真古都が霧嶋のために心を砕く姿に、

俺は言いようの無い気持ちが胸を占める…


「なんだか…何も出来ない自分が辛いの…

何かしてあげたいのに…

私では何の役にも立たない…」


そんなことはない!

そう言ってやりたかった…


霧嶋も…特別な事は何も望んでない…


ただお前に傍にいて欲しい…

その気持ちだけが唯一の希望のぞみな筈だ…


自分は無力だと心を痛め、悲しみに満ちた彼女に何か伝える方法…




俺は自分の携帯で画像検索をし、

荷物の中からポストカードサイズのスケッチブックを取り出す。


「御行くん…?」


画像を見ながら、鉛筆で下書きした上に色鉛筆で色をつけていく…


真古都は俺の作業を不思議な顔で見つめている…


ほんの5分程で描きあげたリンドウの花…

それをスケッチブックから切り離すと、

真古都の前に差し出した。


リンドウの花言葉は

“あなたの悲しみに寄り添う”


椅子から立ち上がり、俺が描いたリンドウを眺めてる真古都の頭を撫でてやる。


今日買う花を見るためにガラスケースに向かうと、真古都が追いかけてきた。


「御行くん…有り難う…凄く…嬉しい…

わたし…1人で怖かったから…だから…」


溢れ出る涙を手で拭いながら気持ちを打ち明けてくれる。


俺は自分に引き寄せ、暫く背中を撫でてやる。


彼女が涙を落とす度、俺が撫でながら落ち着くのを待つのは、付き合い始める前からある二人の決まり事だ…


真古都の心から抜け落ちた “俺の存在” を

思い出してもらう為、彼女の負担にならないよう少しづつ近づいて行くことにした。


まずは俺を信頼して欲しいと、

今日彼女に贈ったのは…


紫の菊




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