第163話 血痕

 「数真くん…お母さんだよ〜」

「あー」


数真くんはわたしに抱っこされてご機嫌だ。

ニコニコ笑ってエプロンの紐で遊んでいる。

でも“お母さん”とは呼んでくれない…


「もう…数くんだけズルイなぁ…」

「そんなに拗ねないの」


数くんがクサってるわたしを慰める。


わたしが花屋さんをしてるから、数くんが家で数真くんを見ててくれる…

一日の大半を数くんと過ごしてるから

最初の言葉が“お父さん”でも仕方ないか…




わたしが花屋さんを始める時、

ベビーシッターを雇おうと、お義母さんは提案してくれた。


それを数くんが自分で見るからベビーシッターはいらないと言った。

その言葉通り乳飲み子の世話を良くやってくれて、お義母さんもびっくりしていた。


「自分の息子ながら、こんなに家庭的な男だとは思わなかったわ…」


確かに…

絵本に出て来る白馬の王子様が

お城ではオムツ替えしてる姿を

想像出来ないように


外ではドキドキするくらい

スマートにエスコートしてくれる彼が

家では腕まくりしたシャツ姿で

オムツ替えも、ミルクを作って授乳も、

お風呂にだって入れてくれるなんて…

想像つかないよね



「数真くん寝た?」


子ども部屋のドアから中を覗き込んで、

寝かせてる数くんにそっと訊いた。


数くんはサークルベッドから静かに離れながらドアの方へ来た。


「寝たよ」


数くんはドアを閉めて教えてくれた。


「もう、数真くんてば、数くんから離れないんだもん」


「えっ? 数真に嫉妬ヤキモチ妬いてるの?」


数くんが笑いながら訊いてくる…


「ち…違うよ!自分の子どもに嫉妬ヤキモチなんて…妬くわけないじゃん」


わたしは恥ずかしかったから少し向きになって答えた。


「そうなの? それでも僕は妬いてくれたら嬉しいけど?」


数くんが真面目な顔を近づけて来る…

わたしはもう、どうしたらいいか解らない


「ぷっ! くっくっくっ…」


数くんがいきなり笑い出す…


「な…何…?」


わたしは訳が解らない…


「真古都さん…顔、真っ赤…」


「や…やだっ…なによ、いじわる!

もう…知らない! わたしも寝るね!」


わたしは寝室に向かって歩き出した。


「僕もすぐ行くよ。美味しいワインを貰ったんだ。一緒に飲もう…」


数くんが声をかけてくれるけど、わたしはそのまま寝室に向かった。


途中の洗面台で手を洗う。


「あれっ?」


洗面台のちょうど下にある引き出しが少し開いてる…

何かと思って何気なく開けると赤黒く汚れている…


「やだっ…何これ…」


濡れたフキンで拭いても落ち無い…


「何の汚れだろう…」


落ち無い汚れをよく見る…




「真古都さんお待たせ」


僕はワインとチーズをベッドの脇にあるテーブルに置く。

真古都さんはベッドに黙って座ってる。


「真古都さんまだ怒ってるの?」


僕は彼女の横に座る。


「か…数くん…わたしに何か隠してない?」


真古都さんが自分の握った手を見ながら僕に訊いてくる…


「せ…洗面台の…引き出しが汚れてた…」


僕は言葉に詰まった…


「わたしなんかじゃ…何の役にも立たないのは解ってるけど…」


「そんなこと思ってないよ!!」


僕は真古都さんの腕を掴んで引き寄せた。


「ならどうして何も言ってくれないの?

傍にいて欲しくないなら…

何もしてもらいたくないなら…

数くんの好きにしていいから…

お願い…隠し事はしないで…」


真古都さんが泣きそうな顔で訴えてくる…


「違うんだ! ごめんなさい!

みっともない姿を君に見られたくなかったんだ!」


下を向いていた真古都さんが僕の顔を見る。


「ごめんなさい…

君の前では…いつも1番でいたかったから…苦痛で喘いでる姿なんて無様だから」


「あ…あ…あう…」


真古都さんの目から涙がボロボロ溢れて落ちていく…


「か…数くんは…いつだって1番素敵だよ…わたしなんかが奥さんでいいのかなって思うくらい…」


真古都さんがボロボロ泣きながら話す…


「お願い…どんな時も一緒だよ…

数くんが病気と戦ってるのに知らないのは淋しい…何も出来ないけど…

数くんが辛い時は側にいたい…」


僕はなんて幸せなんだ…






  

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