第160話 コスモスに君と

 今月も、俺は真古都に逢う為渡仏する。

見慣れた景色…見慣れた人々…


ホテルも先輩に教わった所を常用している。


前回、真古都がパニックをおこした時、

初めて彼女が抱えている苦痛を目の当たりにした…


あんな真古都を見てしまったら、

とても彼女を独りになんて出来ない…


俺は改めて、これから先の人生は

決して真古都の傍を離れないと強く決めた…


二人の未来がこの辛さの先に有るなら…


堕ちていく先がどれ程深い闇の底でも

お前と一緒に堕ちるなら

どこまで堕ちても構わない…


堕ちるとこまで堕ちて

二人で這い上がればいい…


俺がお前を引き摺ってでも這い上がってみせる…



ホテルでは窓から見える景色や、中庭などでスケッチをして過ごした。


俺は個展での依頼は全て断った。 

殆どが企業からの依頼だったから…


「俺は風景画家だぞ!その俺に社長の肖像画だの、建物だのイカれてるだろ!」


怒り心頭で毒吐く俺に、先輩も柏崎も反論はしなかった。


公言社が返答をしてくれるが、

全く、俺のプロフィールを無視した依頼だ!


お陰で、これでまた仕事を選ぶ偏屈な画家だと言われるだろうが構っちゃいられない…



『明日は真古都に逢える…』

今の俺は、翌日彼女に逢える嬉しさで、胸が高鳴り、子どものようにソワソワと落ち着きが無い。


スケッチをして、何とか平静を保っているような始末だった…



翌日、真古都の住む街に降りるとザワザワと胸の奥で嫌な風が吹く…


俺はゆっくりと真古都の花屋に向かって歩き始める…


街道沿いの店はどこも賑やかだ。

真古都の花屋が見えてくると、1台の車が店の横に停まった。


『ゆっくり歩いて正解だったな…』


車から降りた男は、後部座席から子どもを抱き上げ店の中に入って行った。


俺は花屋の斜向かいにあるカフェへ入り、

少し様子を見ることにした。


窓際の席に座り、花屋の様子を窺う。


『店内は真古都だけか…

霧嶋と子どもは奥のバックヤード…』


俺は店に入るか迷った…


真古都は騙せても、変に勘のいい霧嶋を騙せるか心許無い…


悩んだ末、やはり真古都に逢うことにした。

今日逢えなければ、次は良くてひと月後だ…


俺はカフェを出ると花屋へ向かった。



店内に入ると〘いらっしゃいませ〙と云う

真古都のフランス語が聞こえる。


客が俺だと判ると、

少し困った顔をしてオロオロしだした…

真古都の困った顔は相変わらず可愛い…


俺は真っ直ぐ種類別に置かれているガラスケースへ向かう。


〘きょ…今日はどんなお花がご入用ですか〙

ガラスケースにいる俺に真古都がフランス語で話しかけてくる。


それと同時に、小さなプライスカードをそっと渡された。


【旦那様がいるので、

お茶を出せなくてごめんなさい】


慌てて書いて持ってきたのだろう…

真古都を見ると泣きそうな顔で俺を見てる。


そんな顔で見られたら堪らない…

思わず抱き締めたくなる衝動を何とか抑え、

彼女にそっと手の平を向け“大丈夫”だと

気持ちを伝える。


俺はケースから、ガーベラを8本だした。


真古都は花の意味が解ったのか、安心した顔を見せて、受け取ったガーベラをレジで包装してくれた。


今日は真古都に1本贈る訳にいかない…


俺は財布の中から、代金と一緒に1枚の栞を彼女の前に置いた。


その栞を見て最初は驚いていたが、俺の方に優しい笑顔を向けてくれた。


〘有り難うございました…

またのお越しをお待ちしています〙


笑顔で俺を見つめる真古都に向かって、

ゆっくり頭を下げて店を出た…


真古都に渡した押し花の栞は


“コスモス”











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