第159話 明日のために

 先輩が黙ったまま何かを考えている…

この長い沈黙がいたたまれない…


仕事の打ち合わせで来た先輩が、

真古都から手紙が送られてきたと、教えてくれた。


俺は、この間あったことを先輩に話した…

声を出さない約束を破ったからだ…


「瀬戸…今回の事は気にするな…

その状況なら俺も同じ事をした…」


不用意に真古都に話しかけてしまい、

落胆してる俺に先輩が声をかけてくれる。


「あいつからの手紙を見ても判るが、

お前が訪問した事には一切触れてない…

多分彼女の中では…お前との時間はすっぽりと抜け落ちてしまって、何も覚えていないからだろう…」


仕方ないと判っていても少し寂しい…


「彼女を治すには医者に診せなければダメだ…

でも…今はそれが出来ない…

それまでは、これ以上殻の中に自分を閉じ込めないようにしてやらないと…」


先輩の苦悩する顔が俺には切ない…


先輩が、真古都に対してどれだけ深い愛情を注いでも…彼女と共に歩む未来は無い…


俺が…真古都を他の男ひとに譲るような真似は二度としないと決めたからだ…



「何か…あいつとお前を繋げる物を贈ってやりたいが…絵は嵩張るし…また燃やされては敵わないからな…」


「燃やされる…って…火事じゃ…」


先輩が不思議な顔で俺を見る…


「俺は…あの男の仕業だと思っている。

火の気のない物置小屋で火事だなんて…

あの男が何かしたに決まっている」


俺は先輩から言われるまで、物置小屋の火事が人為的だなんて考えもしなかった…


「おい瀬戸…お前、他の男が彼女に品物を贈ってきたらどうする?」


先輩から突然質問された。


「何言ってるんです!送り返してやるに決まってるでしょう!

ヒトの彼女に品物を贈るなんてふざけてる!」


俺は向きになって答えた。


「まあ…お前ならそうするだろうな…」


先輩は少し笑いを堪えている…


「なんですか…一体…」


ちょっと不本意だ…


「いや…多分あの男も同じだ…

しかも、あんな汚いやり方であいつを奪ったんだ…

その女が元彼に繋がるものを後生大事に持っていたら面白くないに決まっている…」


霧嶋が…俺の絵を燃やした…?


「お前に想いを寄せられるものは

どんなものでも傍に置きたくない筈だ。


あいつを…孤立無援にして…

自分が手を差し伸べれば…

必然的にあの男を頼る事になり、心が向けられる。


そんな状態の女を籠絡するくらい…

あの男なら訳無いだろう」


確かに…あの絵を失ってから、

真古都は霧嶋のいい奥さんになろうと

絶えず努力したようだった…


それが…自分本来の心との間に矛盾が生じ、可成りの負担をかける事になってパニックをおこした…


「あいつを…元の状態に戻してやるには長い時間がかかる…


あいつ自身も、思い出したくないもの…

忘れてしまいたいもの…それら全てと

向き合わないとならない…


そんなボロボロになった彼女を支えるには

長い間忍耐を強いられるぞ…」


先輩が改めて俺に苦言を呈してきた。


俺は真古都を見捨てたりしない!


二人一緒ならどこまで堕ちても構わない…

這い上がるのも一緒だ!










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