第158話 長い夢

 「真古都さん…真古都さん…」

わたしを呼ぶ声で、少しづつ意識がはっきりしてゆく…


「数…くん…?」

目の前に心配してくれる数くんの顔がある。


「迎えに来たらお店真っ暗で閉まってるし

ビックリしたよ」


「あ…」


わたしは長椅子で眠っていた亊に気がついた。


「ごめんなさい…

一度はお店を開けたんだけど、体調が悪くなって…少し横になってたらそのまま寝ちゃったみたい…」


わたしは心配してくれる数くんの胸に顔を寄せて謝った。


「もう! そんな時は直ぐ連絡して!

僕、迎えに来るから!」


数くんが拗ねたように怒ってる。



家に帰ると、お義母さんが数真の相手をしてくれていた。


「真古都さん…今日は良いことがあったんだよ」


数くんが笑顔で話しかけてくる。


「良いことってなぁに?」


わたしは数くんの顔を見ながら訊いた。


「どうしようかな…真古都さんたら…

具合が悪いのに連絡もくれなかったしな…」


数くんが意地悪を言う…


「やだぁ…いじわるなんか言わないで教えてよぉ…」


わたしは数くんの腕を掴んでお願いした…


「しょうが無いなぁ~

じゃあ、ちょっと見てて」


数くんはわたしから離れ、

お義母さんと数真に近づいて行った。


数真から少し離れたところへしゃがむと、

再びわたしを見て笑顔で言った。


「ちゃんと見ててよ」


わたしは頷いて様子を見守る…


「数真…おいで…」


数くんが手を伸ばす…


「あう…あ〜」


膝に抱えてたお義母さんが、数くんの方に躰を向けて立たせる…


初めはお義母さんの膝に手をおいて離れなかった数真が、数くんの伸ばした手に向かってたどたどしい歩みを進めて行く…


「おうーあー…」


数くんに手が届くとそれまでの神妙な顔がニコニコ顔になる…


「よく頑張ったね…数真」


数くんが抱き上げると数真はニコニコ笑っている…


「どう? 真古都さん…」


わたしは涙が出てきた…


「数真くん…凄い…」


数くんの傍に行くと、わたしの方へ盛んに手を伸ばしてくる…


「数真くん…頑張ったね…」


数真はわたしと数くんの間でご機嫌だ…




「真古都さん…体調大丈夫?」


数くんがベッドの中でも心配してくれる。


「うん…なんかお店で横になってたら少し良くなったみたい…


なんだか…

長い夢を見てたみたい…

胸の奥が不思議とすっきりしている…


夢の中で、

逢いたかったひとに逢えたような…

そんな気がする…


たとえ夢でも、そんな気分になれるのは

凄く嬉しい…


何故か…今まで胸の奥にあった、

悔やみきれない…

思い残しのようなものが無くなってる…


不思議な感じだ…


あれほど喪失感に囚われていた絵の事も、

今は何だか吹っ切れている…



「次からは、具合が悪くなったら直ぐに連絡してね…」


数くんがわたしの顔に手をあてて言った…


「わたしの旦那様は心配症だなぁ…」


頬に触れてる数くんの手を触って言った。


「ダメ! ちゃんと約束して!

何かあったら直ぐに僕を呼んで!

君は僕の一番大切なひとだから…」


数くんが躰を近づけて話している。

顔は今にも触れてしまいそうなほど近い…


「大丈夫…次は必ずあなたを呼ぶね…

わたしの…大切な旦那様…」


大切な…

言ったそばから何かが心の奥で引っかかる…


「嬉しいよ…僕の奥さん…」


数くんが長いキスをしてくれる…


だけど…

わたしはこれとは違う…

優しいキスを知っている… 


何故…?


旦那様が

わたしの躰にキスを落としていく間…


拭えない思いが心を過る…


あのキスは…誰…?












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