第157話 絡み合う心

 「いきなりこんな話…ごめんなさい!」

真古都は慌てて立ち上がると、

店の奥に戻って行った。


走る真古都を堪らず追いかけると、

途中まで行ったところで、彼女の躰がふらついて倒れそうになった。


俺はすかさず後ろから抱き抱えた。

真古都の表情が苦しそうだ…


そのまま抱き上げ、店の奥に入る。

休ませてあげられる所はないかと見渡す。

長椅子があったので、そこへ彼女の躰を横にさせた。


「ごめんなさい…

今日は…いつもより体調が悪くて…」


真古都が譫言のように謝っている…


店のドアを閉め《CLOSE》の札をかける。

今客が来ても俺では対応出来ないからだ。


真古都のところに戻ると、

長椅子から転げ落ちた彼女は、床に手を付きパニックになっていた。


「どうしよう…絵が…絵が燃えちゃった…

でも…わたし…いい奥さんにならないと…」


真古都は同じ言葉を何度も繰り返している…


「真古都っ!」


俺は堪らず真古都の名を呼んで近づいた。


「しょ…翔くん…? どこ…」


真古都は目の前にいる俺を認識していない…

意識の向こう側へ手を伸ばし

ひたすら俺の名を呼ぶ…


「真古都! 俺はここだ! ここにいる!」


握り締める手に力を込める…


「翔くん…ごめんなさい…絵が…」


「絵ぐらい…お前のためなら何枚でも描いてやる! 2枚でも3枚でも…100枚でも…

だから燃えた絵の事は忘れろ!」


「あなたに…わたしは酷い事をしたの…

あなたを…裏切ってしまった…

だから…もう…あなたに逢う資格がないの」


「大丈夫だ! お前は悪くない!

お前は何も悪くないんだ!!

全て…俺の所為なんだ!! 許してくれ!」


俺は…真古都の精神が、自分の心を彷徨い、

この場にいないと解っていても、

彼女を抱き、許しの言葉を並べた…


「逢いたい…逢いたい…詰られてもいい…

侮蔑の言葉で責められてもいい…翔くんに…逢いたい…」


真古都は何もない宙に向かって手を伸ばす…

目の前にいる俺の姿は、彼女には全く映っていない…


「わたし…翔くんが好きだった…

誰よりも翔くんが好きだった…

一度でいいからあの人に伝えたかった…」


真古都が俺の腕の中で泣いている…

俺はまたお前を泣かせてる…


それでも…

真古都が…俺を好きだと言ってくれた…


嬉しいなんてもんじゃない…

その一言だけで躰中が熱くなる…


火照った躰を鎮めるため

彼女を力いっぱい抱き締める…


俺の背中の先に向かって

“好き”だと告げている彼女を

自分の方に向かせ顔を撫でる…

顔も…髪も…何度も…何度も…



「お前の “好き” はもう終わってしまったのか?

今はもう…好きでいてくれないのか?」


そう尋ねる言葉に

真古都が腕の中で戸惑っている…


「わ…わたし…

旦那様を……旦那様を好きでないと…」


無表情で繰り返している…


「お前が本当に好きなのは誰?」


優しく問う…


「わたし…わたしは……」


真古都が何かを思い出そうと表情が歪む…


「お前はいつも誰を想ってるんだ?」


俺はもう一度静かに訊く…


「わたしの…心の中は翔くんだけ……」


俺は真古都の頭を優しく撫でる


「それでいいんだ…

お前の心が俺に向いてる限り

俺もお前を忘れたりしない…」


真古都の瞳は宙を見たままだ…

現実の俺と話してる訳じゃない…


「俺はいつまでもお前を待ってる…

お前が帰る場所は俺のところだ…」


「翔くん…好き…」


虚ろな目をしながら想いを繰り返している…


いつか…お前の意識が…

ちゃんとお前の中にある時…

またその言葉をどうか聴かせて欲しい…





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