第156話 独り言

 俺は毎月真古都に逢いに行った。

先輩との約束通り声は出せない…


真古都が現実に戻るまで…

おれは〘御行翔〙として彼女の前に現れた。


〘御行〙は真古都の好きな母子草の別名…

〘翔〙は自分の名前から…


声が出せない分、俺は自分の気持ちを

買った花に託した…


ネリネなら

“また逢う日を楽しみに”

ピンクのカーネーションなら

“あなたを決して忘れない”


真古都なら…花言葉に気付くはずだから…


たったそれだけの細やかな時間

それでも…

行方の判らなかったこれまでを思えば

どんなに短い時間でも彼女に逢えるのは

嬉しかった…




なんだか最近…每日息苦しい…

わたしは今幸せな筈なのに…


お店に来ると少しホッとする…

最近は数くんも家でお仕事してるから、

お店はわたしひとり…


お店のベルが鳴ったので出て行く…

何だか目眩がして気持ち悪い…


店内には見慣れたひとが立ってる…

それまでの胸苦しさが安堵に変わり

嬉しい気持ちが胸の中を占めた…


わたしに気づくと丁寧に会釈してくれる…


「御行くん、いらっしゃい

今 お茶淹れてくるね。お花選んでて」



真古都の様子が少しおかしい…

サングラスをズラして彼女の顔を盗み見る…

顔色も良くない…


俺の胸は不安と心配で重くなる…


いつものように、店の一角にあるテーブルに運んでくれる。

間近で見ると幾分辛そうに感じる…


俺は心配のあまり、思わず彼女の顔に触れてしまった…


真古都の頬を親指でそっとなぞる。

不思議そうな顔で俺を見てるが拒否はない。


「どうしたの?

わたしの顔に何かついてた?」


真古都が困り顔で訊いてきた…


俺は慌てて手を離すと椅子に座った…

声が出せないから…何も聞けない…


ただ頭を深く下げた…


「やだっ…御行くん、別に怒ってないよ

御行くんの事だから…

きっと心配してくれたんだよね」


真古都が寂しそうに笑う…



「御行くん…わたし最近おかしいんだ…」


真古都が、硝子張りの向こうに見える

薄曇りの空を見ながら話し始める…


「わたしね…先輩から貰った絵を隠して持ってたの…

絵の作者が…わたしの大切なひとだったから…


わたしの旦那様はね…まるで王子様みたいに凄く素敵なひとなんだよ…

何処に行っても女の子が集まって来る程…


そんなひとがね…

わたしなんかをとても大事にしてくれるの…


でも…旦那様に隠して持ってた絵が…」


独り言のように話していた声が突然詰まり、

しずくが落ち始めた…


「絵を隠してた物置小屋が火事になって…

燃えてしまったの…


わたし…大切にしてくれる旦那様に隠してたから…きっと…バチが当たったんだと思って…


これからはいい奥さんにならなきゃって…

でも…頑張れば…頑張るほど苦しくて…


なんでこんなに苦しいのか判らない…

わたし…どうしたらいいの…」


俺は声をかけてやりたいのに、

それが出来ないもどかしさと悔しさで

ひたすら拳を握り締めて耐えた…












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