第155話 消失

 それは突然だった…

敷地内にある物置小屋が燃えている…


「う…嘘っ!」

飛び込もうとしたわたしを数くんが止めた…


「危ないよ、真古都さん!」

後ろから押さえられ動けない…


「でもっ! でもっ!」

尚も火の中へ入ろうとするわたしを数くんは

抱え込むようにして押さえてくる…


「大丈夫だよ…殆どの物は新しい小屋に移した後だったし、今残ってる物に大した物は無いから…」

慌てているわたしを、落ち着かせようとしてくれる…


でも…

あの中には…

あの絵があるの…!


古い物置小屋は、あっと云う間に全焼して跡形もなく崩れ落ちてしまった…


わたしの絵…

たったひとつ残された支えだったのに…



わたしはそのまま気を失ったらしい…

目が覚めると病院で、数くんが傍にいる。



「真古都さん…火事がよっぽどショックだったんだね…もう大丈夫だよ…」


数くんは優しく頬にキスしてくれる…


違う…わたしは…

あの物置小屋に絵を隠していたんだ…

先輩から貰った大事な絵を…


わたしは…全て失ってしまった……



心の中に大きな穴が空いてしまったみたい…

わたしは何も考える事が出来ず

声かけにも反応することなく、

ただぼんやりと過ごしている。


食事も水分も摂ろうとしないので、

わたしの腕には点滴の針が刺さっている…



「真古都さん、アイス買ってきたよ。」

数くんの声だ…


「真古都さん冬でもアイス好きでしょう?」

冷たいアイスをすくった匙が口元に触れる…


わたしが少し口を開けると

数くんが匙をゆっくり口の中に入れる…


「か…数くん…」

入院して一週間…

初めて声を出した…


「もう大丈夫だよ…僕が傍にいるからね」

数くんが優しい笑顔を向けてくれる…


そうだ…

数くんがこんなに愛してくれるのに

手の届かないものへ

心を占めていたバチが当たったんだ…


こんなに近くで

わたしを愛してくれる人がいるのに…

その人の想いに応えなきゃいけない…



「数くん…わたしの傍にいてね…

離れちゃ嫌だよ…わたしには…

だから…」


数くんの腕に寄りかかり、

懺悔をするように彼に告げた…


「絶対離さないよ…

僕の大好きな真古都さん…」





あの絵を見つけたのは本当に偶然だった…


古い物置小屋を建て直すか、改修するか点検していた時だった…


あんな物…

僕の真古都さんには必要ない…


僕は改修をやめ、別の敷地に新しい物置を建てて、古い小屋ごと燃やしてやった…


先輩…

あの時の断言通り…

真古都さんを頂きましたよ


これで…

真古都さんの心も僕のものだ…




退院して間もなく、学生時代の友人に子供が産まれたので二人でお祝いに行った。


何年かぶりに逢った友人は、久々の再会をとても喜んでくれた。


真古都さんも、彼の奥さんと産まれたばかりの子どもを挟んで楽しそうに会話してる。


これまでは何処へ行ってもただ一緒にいるだけな感じだったのが、

今はちゃんと僕のとして誰にでも接してくれる…



「ネエ、ドウヤッテ 

アノ数祈ヲオトシタノ?」


お祝いに来ていた、別の女の子から声をかけられた。


「ヤメナサイヨ」


友人の奥さんが止めてくれる。


「アンタハ黙ッテテヨ!」


物凄い顔で睨んでる…

わたしが数くんの奥さんなのが

余程気に入らないらしい…


「アノ頃ノ数祈ハ、女ト見レバ見境無ク誰デモベッドニ連レ込ムヨウナ男ダッタノヨ!

コンナニ家庭ヲ大事ニスル男ダッタト知ッテタラ諦メナカッタワ!!」


わたしは黙って彼女の暴言を訊いていた。

つまり…逃がした魚は大きかった訳だ…


「真古都さん!」


彼女の暴言が酷いので、奥さんが御主人と数くんを連れて来てくれた。


「僕の真古都さんにこれ以上酷い事を言ったら許さないからな!」


数くんがわたしを胸に抱き寄せて抗議してくれた。

わたしも数くんに躰を寄せて彼女に言った。


「今は私のことをとても大切にしてくれる

わたしの旦那様です」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る