第152話 クリスマスリース

 「クリスマスリースだね」

わたしが作業台でクリスマスリースを作っていると、数くんが声をかけてくれる。


「うん、もうすぐクリスマスだもん…

お店にもいくつか出そうと思って…」


そう言って笑う真古都さんを、後ろから抱き締める…


僕には…今年も君と一緒にクリスマスが祝えるのがどれだけ嬉しいか…


「数くん…?」


「こうしてると幸せなんだ…」

回した腕に力がこもる。


「もう…困った旦那様だなぁ…」

回された腕に頬を近づける。


優しい腕の温もりに包まれ

わたしは安心する…


安心…

わたしの心の奥で

小さな違和感が芽を吹く


素敵な旦那様がわたしを愛してくれる…

可愛い子どもにも恵まれて…

わたしは幸せなはずだ…


「真古都さん、少し休んでお茶にしよう?」

耳元で数くんの声がする。


「うん…」

わたしは、芽を吹いた心の棘へ無意識に蓋をして椅子から立ち上がった。




わたしは、昨日作ったクリスマスリースを

何点かお店に飾った。

お店の飾りもクリスマスバージョンなので、雰囲気満点だ!


お店の周りを掃除して…

値段別の花束やアレンジを作りながらお客さんを待つ。



「あそこが彼女の花屋だ」


先輩が街道沿いの一角を指差して教えてくれた。


髪を後ろで一纏めにして、黄色のエプロン姿で働いている。


見ていると、やっぱり男は苦手なようで、

相変わらず苦心惨憺している様子が窺える。


「いいか?

その姿だ…よもやお前だとはバレないとは思うが、万が一って事もあるしな…

彼女の前では絶対声を出すなよ!」


判ってる…

色んな記憶に蓋をしながらバランスを取ってる真古都の前に、

現実の俺がいきなり現れれば精神のバランスを崩す…


「どうしても間近で彼女を見たいと言うから許可したんだからな!」


「もう…判ってますよ…」


真古都を心配する気持ちは先輩も同じなのでここは素直に言う事をきく…



「やあ、真古ちゃん」


「先輩!」


声をかけた先輩に笑顔で近づいて行くだけ…

抱きついたりはしない…

以外では本当になんだ…


真古都が先輩の後ろから一緒に付いて来た俺に目線が向く…


それだけで愛しい気持ちに心臓が跳ねる!


「あ…こいつは一緒に仕事をしているヤツなんだ…俺たちこれから日本に戻るから…」


先輩の説明に

「はじめまして、霧嶋真古都です」

そう言って頭を下げてくれる…


胸まである長い髪は、なるべく顔が判らない様にと結ばず、無精髭にサングラス…

これだけでも大丈夫な筈だが、

彼女の前では一度も見せたことがない

スーツにロングコート姿…

よもや俺だとは思わないだろう…


「ちょっと変わってるヤツだが悪いヤツじゃないから…御行翔ごぎょうかけるだ…

それより、頼んでいたクリスマスリース出来てるかな?」


先輩が他の話をふってくれる。


真古都は店の奥から箱を出して来て中身を見せてくれる。


クラスペディアのドライフラワーをあしらったシンプルなリースだ。


「なんとなくこれが良いかなって」


真古都が含羞んで笑っている…


リースが箱に戻され、袋に入れられると先輩が代金を支払ってる。


その時、流れる風に俺の髪が飛ばされた!

くそっ!

慌てて俺はボサボサになった髪を手で梳きはじめた。


「大丈夫ですか?」


真古都が近くまで来て心配してくれる。

俺は背中を向けたま黙って頷いた。


「ごめんなさい…今、わたしこんな物しか持って無くて…良かったら使いますか?」


肩越しにみると、自分の髪を纏めていたシュシュを外して、差し出してくれている。


「あ…男の人に女物のシュシュって…

ごめんなさい…」


申し訳なさそうに引っ込めようとする手を思わず掴む…


そのまま頭を下げ真古都の手からシュシュを抜き取った。


一纏めにした俺の髪には真古都のシュシュが巻かれている…


真古都は…

俺が握った手を不思議そうに見ているが

嫌がってる様子はない…

良かった…


「そ…それじゃあ俺たちも帰るか…

頼んでいた物も受け取ったし…

じゃあな、真古ちゃん また来るよ」


先輩が機転を利かせて真古都に声をかけてくれる。


俺の目に、店先に並んでるネリネの花束が映った…


その後、先輩から半分引きずられるようにしてその場を離れ空港へ向かった。

俺の手にはネリネの花束が握られている…



「あれ…?」

店先のテーブルにお金とネリネの花が一輪置かれていた…


「もう…たら…

シュシュのお礼かな?

気にしなくていいのに…」 


手に取ったネリネの花を見ていると、

何だか心の奥が温かくなる…


「わたし再会を楽しみにしてるね」







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