第150話 欠けた月と思い出を捨てる時

 あいつに逢えるためか、飛行機の中でも瀬戸は口数が少なかった…


俺が言った

“あいつの現状を見て自分には大きいと感じたら躊躇わずに全てを忘れろ”

その言葉を心の中で思い返しているのか…


パリからストラスブールに移動する列車の中でも、瀬戸は殆ど口を開かなかった。


無理もない…

明日は愛しい彼女の顔が見れるんだから…


自分には手に負えず、新しい道を行くのか…

変わらぬ愛情を傾け続けるのか…


どちらを選んだとしても、

誰も異議を唱える事は無いだろう。


俺も…瀬戸がどちらを選んでも、自分の気持ちを変えることはない。




翌日、ストラスブールから再び列車に乗り、

少し離れた田園風景に囲まれた小さな田舎街へ降りる…


そこから二人で15分程歩く。

長い一本道の先に一面の草原くさはらが現れる。


「ここは…」

あの…写真の場所だ…


「この辺はあいつの散歩コースなんだよ…

そうだな…お前はあの煉瓦塀の後ろに隠れていろ。」


先輩はすぐ脇にある、点々と続く煉瓦塀のひとつを指さして言った。


「瀬戸…」

俺が塀に向かおうとすると、厳しい顔つきで呼び止められた。


「いいか、何があっても絶対お前は出て来るなよ。それが彼女のためだ…

これからお前が目にする事は受け入れ難い事かもしれない…

どれも全部後で説明する…

だから…絶対出て来るなよ」


先輩は力を込めて、睨みつける様な顔を俺に向け念を押した。


俺は理由も解らず、頷いて煉瓦塀に向かう。


塀に身を隠すと、今までOFFだったスウィッチをONに切り替えた様に、それまで平静だった鼓動がやたら高鳴り始めた…


心臓が押し潰されそうな苦しさと、まるで耳元で鳴っているような鼓動に息が上がる…



暫くすると、人の足音が聞こえてくる。

俺は塀の隙間から覗いた!


「よう! 元気だったか?」


先輩がそう声をかけた先…


少し長めの前髪に

髪を左右で三つ編みにして結んでる…


「来てくれたんだ!」


そう言いながら先輩に笑顔を向けてる…


「真古都…」


懐かしさで涙が溢れて止まらない…


「嬉しい! 久しぶりだね


そう言って真古都は先輩に抱きついた…


「えっ? えっ? えっ?」


あの…男が苦手な真古都が、先輩に抱きついたのも驚いたけど…

今…って言わなかったか?


俺の頭が追いついていかない…


真古都は最近の出来事を楽しそうに先輩へ話している。

乳母車から降ろされた子どもが、手を伸ばした先輩に向かって這って行く…


「あれが…真古都の子ども…」


両脇を抱えられ先輩に高く上げられながら、キャッキャッと喜んでいる。





「あれは一体どう云う事なんですか!?」


ホテルに着くと真っ先に訊いた!


「お前も見ただろう…あれが今の彼女だ…

現実と…虚構の中を彷徨ってる…

お前のショックを考えたら直ぐには会わせられなかった…」


俺は言葉が出て来ない…


「彼女を諦めろと言ったのもそのためだ…」


どうしたらあんな事になるんだ…


「悪いことは言わない…

お前にはこれから画家としての未来がある…

今からでも新しい道を探せ」



俺は悔しかった…

真古都があんな状態なのに…

何も出来ないなんて…


俺が…真古都の為にしてやれる事…


「先輩…俺…真古都との思い出を捨てます」


俺は喉をつまらせながら思いを吐き出す…


今まで俺の中にあった真古都を捨てる…

涙が止まらず、声を漏らすのも構わずに

泣く姿を曝す…



「し…暫く逢わないうちに…あんなに…

あんなに可愛くなりやがって…


今日の真古都に…俺は恋をしました…

アイツが好きです…

だから…今日からは…

今日逢った真古都を想って…

絶対 俺はアイツを迎えにいきます」


もう手離さない…

あの笑顔が俺に向けられるまで


俺は諦めない…



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る