第147話 小さな疑問

 「今日は特別に土産を持ってきてやったぞ」

先輩は何枚かの写真を俺の前に置いた。


「この写真!」

俺はすかさず手に取る。

子どもと一緒に草原くさはらで遊んでいる真古都だ…


「どうしたんです? これ!?」

俺は思わず大声で先輩に訊いた。


「その手紙を受け取った後、

暫く行けてなかったのを思い出したから

有給取って会ってきたよ」

先輩はさも当然のように言う。


「あ…会ってきたって…どうして誘ってくれなかったんです!!」

俺は先輩に噛み付いた。


「お前、保育園で仕事中だっただろう?

いくら俺でも仕事中のお前を誘え無い」


きっぱりそう言われればどうしようもない。

俺は何も言い返せなかった…


「いつも俺の写真をねだるから特別に撮ってきてやったよ…いい先輩だろ?

あいつ、なかなか写真撮らせてくれないから苦労したんだぞ。

まあ、その代わりお前が他人の子どもと戯れてる間、俺はこいつの子どもと触れ合って来たがな…」


何時もながら一言多い先輩だ…


しかし…確かに10枚のうち、正面から撮れてるのは1枚だけだ…

カメラを見ているのに…

その視線は何処か遠くを見ているような、

そんな空ろな眼差しで笑ってる…


コイツ…こんな顔をするヤツだったっけ?

お前の…

その視線の先には何が映ってるんだ?


「先輩は…真古都と…よく会うんですか?」

俺は何気なく先輩に訊いた…


「バカ言うな、フランスだぞ?

いくら俺でもそんなにしょっちゅう行ける訳無いだろ…

そうだな…二ヶ月に一回くらいか…」


二ヶ月に一回!?


それにしたって多すぎる!

北海道や沖縄だって二ヶ月に一回行くのは大変だ…

それをフランスに…


以前も先輩は、真古都に60万近い絵を贈ってる…

余程の間柄でなければそんな高価な物は贈ったりしない…


いくら数奇な境遇の後輩の為とは云え度を超えてないか?



「せ…先輩!

俺、次は絶対一緒に行きたいです!

必ず誘ってください!

お願いします!」


俺は必死だった…

真古都と先輩の関係も気になったが、

彼女の視線が何を見ているのか…

どうしても確かめたかった…


先輩は俺の顔をじっと見てる。

なんだか試されてるような目を向けられる。


だけど…

俺はどうしても真古都に逢いたかった…

一目でいいから顔が見たかった…


真古都との糸を、自分からは絶対切らないと以前誓った…

今は少しづつ手繰り寄せる時だ…


俺は一歩も引かない!


「次は…ダメだ…個展がある…

その次に」

「嫌だ!!」


俺は思い切りテーブルを叩いて言った。


「画家としてのお前にとって大事な個展だ」

先輩は静かに俺を諭すように言う。


「アイツの居場所が判ってるのに!

も…もう…待つのは嫌です!」



先輩が、暫く何かを考えたあと、何時になく真剣な顔で俺を見る。


「瀬戸…ひとつ誓ってくれ…」

先輩の言葉が重い…


「もし…実際にあいつを見て…

あいつの現状が自分には大きいと感じたら…躊躇わずにあいつを忘れてくれ。

今までの事は全て無かったものにしろ」


先輩の言ってる意味が俺には解らない…


「お前は新しい人生を作って行くんだ…

約束しろ…でなければ連れては行かない…」


俺と真古都の問題に、

そうまでして介入する意図が見当つかない…


だけど…

先輩がここまで言うんだ…

生半可な気持ちじゃダメだと云う事だ…

俺は腹を括る…


「約束します!」 迷いはなかった。

俺は先輩にはっきりと断言した。




真古都…

お前は俺に11本の向日葵をくれた…


俺は…

お前に40本の向日葵を贈る…



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