第146話 木ノ下保育園 後篇

 保育園での、殆どの時間を乳幼児室ですごした。


月齢によって、こんなに表情や動きに違いがあるとは思わなかった。


「先生お茶です」

「先生お昼です」

「先生おやつにしましょう」


俺が描いていると、日に何度もあの仁科と云う保育士が呼びに来る…

園長から俺の世話係を任されているらしいがそんなに気を遣わなくてもいいのに…


俺は乳幼児を描くのが面白く、絵のデッサンを一週間から一ヶ月にしてもらった。


その際、世話係はもういらないと断ったんだが、あの女は事ある毎に声をかけに来る。 


乳幼児室の担当職員には、随分色々な扱い方を教えてもらった。

ミルクの飲ませ方もオムツ替えも問題無い。


1日中乳幼児と触れ合い、絵を描いた。

ハイハイする子どもがそのまま俺の膝の上で寝てしまう事もよくあった。


子どもは可愛かった…

真古都の子どもなら、きっともっと可愛いに違いない…


俺は…絶対、数真の父親になってみせる!



そんな毎日を過ごしてる俺に、初めは不審がっていた親たちも、

「先生も早く結婚したら」とか、

「ここの保育士さんはどうなの?」などと

言われるようになった。


その度に「心配には及ばない」と断っている。


「先生は…鏑木さんが好きなんですか?」

帰りがけに、あの仁科と云う保育士が訊いて来た。


「はぁあ?」

俺はつい眉間に皺を寄せて訊き返した。


「だって、みんな言ってます…先生が乳幼児室にずっといるのは鏑木さんが目当てなんだって…」

少し拗ねたように俺を見つめているが訳が解らない。


「バカバカしい…

俺は何れなる、俺の子供のいい父親になりたいだけだ!」

俺は、それだけ言うと後ろも振り返らずに帰った。


子どもたちを描きたいだけだったのに、保育士の間でそんな噂が広まってると知って、腹が立って仕方なかった。


俺は残りも乳幼児室で過ごし、一ヶ月の礼を園長に言って保育園を後にした。




瀬戸の所へ来るのは約一ヶ月ぶりだった。

あいつが、保育園に通って乳幼児が面白いと期間を伸ばしたからだ…


『やれやれ…他人の子より三ツ木の子どもの方がずっと可愛いのに…』


いつものように、隣の空地に車を停める。

先客がいるらしく、俺は先に停めてある車の横に自分の車をつけた。

見ると、画廊の入口で女と話をしている。


女が走り出したかと思ったら、先に停めてあった車に乗り込んで行ってしまった。


入口では瀬戸のヤツがこれでもかと云う程不機嫌な顔をしている。


「何なんだ今の?」

最初の日じいさんと一緒に来た保育士だとすぐに判ったが、俺は敢えて訊いてみた。


「保育士ですよ!先輩も一度会ってるから知ってるでしょう!!」


何だかえらく怒ってるな…


「あの女!自分が作ったからと菓子やら惣菜を持って来たから追い返したんだ!

そんな物食えるか!」


暫く会わない間に、随分楽しい事になってるな…

少し揶揄ってやるか…


「なんだ…お前に気があって来たんだろう?

菓子でも惣菜でも貰ってやって、あの女も自分のモノにしたらどうだ?

いつ帰ってくるか判らない遠くの女より

すぐ手に入る近くの女の方がいいだろ?」


途端に瀬戸は、

俺の言葉に顔を紅潮させて怒り出した。


「それ本気で言ってるなら先輩でも俺殴りますよ!!

俺は真古都以外の女に興味はない!

アイツが傍にいないからって不誠実な真似は絶対にしない!」


頭から湯気が見えそうだ…

相変わらず揶揄うとホントに面白い…


「冗談だ…これで機嫌直せ」


俺は内ポケットから封筒を取り出すと、瀬戸の目の前にチラつかせた。


「もう…今度だけですからね…」

俺から封筒をむしり取ると、ブツブツ文句を言いながら、背中を向けて読み始めた…


しだいに機嫌が直っていく瀬戸を見てると、俺は益々可笑しかった…




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