第144話 絵の依頼

 あれ以来、瀬戸は精力的に絵を描くようになった…


今まで行方の判らなかった三ツ木の現状が知れて、希望が出て来たんだろう…


まぁ、相変わらず気難しいところは変わらないが…



「よおっ…」


俺は車から降りると、そのまま店の裏手にある仕事場へ行き声をかけた。


「あっ…先輩、今日は何です?

絵はまだ仕上がってませんよ…」


偏屈な後輩は、俺の方をチラッと見ただけで、またキャンバスに向き直る。


「俺も来たくて来た訳じゃない。あいつから手紙が来たんだ。そのな…」

話が途中だって云うのにこいつは飛んできやがった…


「あ…アイツに何かあったんですか?」


「何かあったらこんな所に来る前に、俺がフランス向こうに行ってる!」

俺は呆れながら言った。


封筒を取り出すと、この男は俺の確認もせずに手からふんだくった!


「おいっ!」

「いいじゃないですか!アイツからの手紙なんだ、見せてください!」


待ちきれない子どものように中から便箋を取り出すと、一心に読んでいる。


「そうか…歯が生えたのか…」


手紙を読み終わると、一緒に入っていた写真を嬉しそうに眺めている。

三ツ木が子どもと一緒に写っているヤツだ。


俺は瀬戸の手から写真を抜き取った。


「この写真じゃなくもう一枚あっただろう」


俺がそう言うと、封筒の中からもう一枚写真を出してやっぱり嬉しそうに眺めている。


「全く! ニヤつきやがって!」

瀬戸の手から封筒と便箋も取り返した。


「手紙にも書いてあったろう。その写真はお前の為に撮ったヤツだ。仕方無いからくれてやる。有り難いと思えよ」


先輩は渋い顔をしながら、俺の手から持っていった手紙を封筒に戻すと、上着のポケットへしまい込んだ。


俺が貰った写真…

窓際に飾られた向日葵。


“今日は瀬戸くんの誕生日だから、向日葵を飾りました。11本の向日葵、綺麗に撮れてるでしょう?”


手紙の中にはそう書いてある。

嬉しかった…

アイツ…

俺の誕生日を覚えていてくれたんだ…



「呆れたもんだ! ついこの間まで、この世の終わりみたいな顔をしていたヤツとは思えん! いい加減にしろ」


先輩が面白くないという顔で言ってくる。


「いいじゃないですか嬉しいんだから…

そっちの真古都の写真もくださいよ」


俺は試しに訊いてみる。


「バカ言うな、こいつはダメだ。

大体、俺のところに来た手紙をわざわざ見せてやってるんだ。

それだけでも有り難いだろう…

写真までねだるな!」


「ちっ!」


どう云う訳か、先輩は送られてくる真古都の写真を絶対俺にはくれようとしない。


カラン カラン カラン…

店に誰か来た音だ。

俺は先輩と一緒に画廊の店内へ移った。



「おっ、すいません先生…」


そこには俺に畑作りを教えてくれた老人じいさんと、若い女がいた。


俺がお茶を淹れてる間も、若い女の方は緊張してるのか顔が強張ってる。


「どうしたんだ じいさん」


俺の画廊に一般の人間は寄り付かない。

おれが人間嫌いで偏屈なヤツだと、この辺りでは小学生だって知ってるからだ。


「いやね、こちらは孫が通ってる保育園の先生なんだが…今日はお願いがあって…

さあ…先生…」


じいさんはその女に何かを促してる。


「は…はじめまして…わたし…木ノ下保育園で保育士をしてます…仁科と申します…」


女の話によると、保育園は今年で10年目になるらしい。

それを記念して入園のしおりを新しくする為

表紙の絵を依頼したいそうだ。


「す…すみません…本当は…園長が来る予定だったんですが…急にぎっくり腰になってしまって…」


表紙絵か…

こういった注文も受けておいて損は無い…


「判った…引き受けよう…

後日、改めて挨拶と、園の様子を見させてもらうと伝えてくれ…」


俺は二人にそう伝えた。


「ほらっ、大丈夫だって言ったろう」

じいさんは女の肩を叩いて言ってる。


「は…はいっ、ありがとうございます!」

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