第142話 夏への扉 後篇
俺は夏への扉を開けたかった…
真古都を失って…
自分がどれほどアイツが好きだったのか
改めて思い知らされた…
真古都のいない日常は何の色もつかない…
つまらない1色だけだった…
画廊が上手く行っても
俺の絵がどれほど評判になっても
俺の
俺は閉まっている扉を見る度思う…
この扉を開けたら
あの幸せだった夏の日があるかもしれない…
真古都に初めてキスをしたのは
夏の日のキャンプだった…
強引に “初めてのキス” を奪ったのに
そのまま受け入れてくれた…
絡める舌に戸惑うアイツが
堪らなく愛しかった…
アイツを初めて抱いたのも夏の日だった…
俺の部屋…
俺のベッド…
初めての告白…
泣かせてばかりいる俺を
それでも “翔くんがいい” と言ってくれた…
溢れる気持ちが止まらなくて
ベッドに押し倒した彼女から全て剥ぎ取り
初めてだった彼女の躰に随分無理をさせた…
「そ…それでも…
アイツに…傍にいて欲しい…」
先輩の言う事も尤もだった…
だけど…真古都を諦めたくない…
「瀬戸…よく見ろ…これが現実だ」
先輩はもう一度真古都の写真を指さした
「この子は…
お前からあいつを奪った男の子どもだぞ?」
「真古都の子どもだ!」
俺はもう自分の気持ちを我慢しない!
「コイツは…相変わらずバカみたいにお人好しで…あの頃とちっとも変わってない…」
先輩が額に手を当てながら深い溜息を吐く…
「多分…当分戻っては来ないだろう…」
「ど…どう云う事なんです!?」
どんな事があっても、これからは絶対に
真古都から目を背けない!
「まず、一番の問題が…もうすぐ命が尽きると判ってるヤツを見捨てて、途中で置いて帰って来るヤツだと思うか? あいつは最期まで傍にいて看取るつもりでいるんだ」
「次に…自分たちの国籍はフランスにあると相手の男からはっきり言われたらしい。
だから、彼女は向うで仕事をすることに決めた…」
「それともう一つ、彼女の躰。
あいつは
先輩が俺の目を見る…
「2つ目と3つ目はいい…
俺が思うに、相手の男も彼女を手離したくはないんだろう…
それだけ向こうも必死だと云う事だ…
心臓は確かに弱いが、
真古都の…心臓が弱い…?
そう云えば小さい頃から体力がなくて
学校の課外活動も、参加した事が無いと言ってた…
旅行も行った事が無いからと、
俺が誘ったキャンプを凄く喜んでいて…
「お前は…あいつが自分で戻って来るまで待てるか?
心臓の弱い、子持ちの女を待てるのか?
現実は甘くない…
今のうちにあいつのことは諦めろ
中途半端な気持ちであいつに関わって欲しくはない」
先輩は手紙の入った缶に蓋をする。
これで話を終わらせるつもりなんだろう。
俺は先輩が伸ばした手より早く写真を押さえた。
先輩があからさまに嫌な顔をする。
「お…俺…真古都を諦めません!
アイツが戻らないなら…
俺が真古都のところへ逢いに行きます!
彼女を失うのは絶対に嫌だ!」
俺も先輩を真っ直ぐに睨み返した。
絶対引かない! 必死だった!
「お前、ビザはどうした?」
先輩が表情も変えずに訊いてきた。
「し…申請はしました!
あとは取りに行くだけです!」
「判った…だが今直ぐはダメだ…
それから…向こうに行っても相手の男が健在なうちは名乗れ無いからな!
遠くで顔を見るだけだ…
それがお前に出来るなら手助けしてやる」
「先輩…あり」
俺が礼を言いかけたところで、
いきなり押さえていた写真を引き抜かれた。
「悪いが返してもらうぞ」
写真は再び手帳の中へ挟み込まれた。
俺は面白くない。
「ちょっと!
くれたって良いじゃないですか!
先輩には必要無いでしょう!」
先輩の目つきが一瞬険しくなる。
「ふざけるな! これは俺が貰った写真だ。
お前にくれてやる義理はない…
必要があるかどうかは俺が決める事だ!
お前みたいな間抜けに、手助けしてやるだけでも有り難いと思え…このボンクラが!」
先輩はそう言うとさっさと帰ってしまった…
俺の…
夏への扉が開く…
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